300話 最終決戦【4】
肉体が滅びる。
跡形もなく。
消滅する。
そう直感した時にはすでにポロの体は崩壊し。
周囲に浮遊していた岩礁や砂塵諸共、超振動による空間の歪みに飲み込まれ。
消え去った。
「……おい、ポロ……うそだろ……」
間近で見ていたショウヤは、イズリスの目の前で消失したポロに愕然とした。
受け入れられぬ現実を突き付けられるショウヤに、イズリスは視線を向ける。
「あなたの友人はもういない。あとは、あなたを消せば私に脅威はなくなる」
「っっ……!」
「シャロムに伝えてくれる? たとえ敵対関係になっても、あなたを愛していると」
ポロを消し飛ばしたことで、イズリスは最大の脅威を退けた。
その余裕からか、彼女はショウヤに最期の言葉を贈るのだ。
「……っざっけんな! 勝ったような面してんじゃねえぞ!!」
ショウヤは激高する。
友を葬ったイズリスへ。
「あいつがこんなところでくたばるかよ! お前なんかに負けるわけねえんだ!」
魔力をありったけ振り絞り、ショウヤは自身の周りに幾つもの神器を召喚する。
「現に負けてるじゃない。完全消滅した坊やがこの後蘇生するなんて、夢にも思わないことね」
イズリスもまたショウヤと同様に神器を召喚し、同時にぶつかり合う。
「あとね、さっきから我が物顔で使ってるその武器、元は私のだから。そろそろ返却してくれる?」
「俺が死んだらな!!」
上空で繰り広げられる激しい剣戟。
下にいる皆は、二人の間に入る隙がなく。
ただ見守ることしか出来なかった。
真っ暗な空間。
そこに漂う、儚い自我。
体を失ったポロは、途切れゆく意識をギリギリで保ち、今置かれている状況を把握する。
――僕は……死んだの?
誰にでもなく問うポロに、遠くからかすかな声が聞こえた。
『いや、君はまだ生きている』
聞き慣れた声。
天王バハムートの声だった。
『肉体が滅びる直前、私は君の魂を別次元へ飛ばした』
――そうなんだ……。
他人事のように返すポロに、バハムートは続ける。
『君は、どうしたい?』
――え?
『君の中にいる魔人達と、ハジャの力を借りれば肉体を再構築出来る』
そして、意識の主導権を握るポロに、バハムートは進むべき道を委ねた。
『このまま地上での生を終わりにして、我々共々天上界へ帰還するのもいい。しかし君にまだ心残りがあるのなら、最後の力を使い君を再び戦場へ立たせよう』
ポロに問う最後の選択である。
『ただし、再構築した体は長くはもたない。仮に君が戦いに勝っても、どのみち君がその後の世界を生きれる保証はない。それでもいいのであれば……』
無理強いはせず、ポロの本能に任せた。
『君の望むままにするといい』
ポロは考えるまでもなく、あっさりと答えた。
――なら、もう一度僕をあの場所に戻して。
やり残しならたくさんある。
けれど目下、越えなければならない相手が、すぐ近くにいて。
彼女と決着をつけぬまま終われば、大事な仲間が死んでしまう。
彼らには生きていてほしい。
自分の分まで、あの愛おしい世界で生き続けてほしい。
ポロはそう願い、バハムートに願いを託す。
すると、ポロの周りにエキドナ、アラクネ、スキュラの三人が現れ。
「あなたならそう言うと思ったわ、ポロ」
「任せておけ、わしらが必ず坊を蘇らせてやる」
「ポロ様、私達の最後の務め、果たさせて頂きます」
それぞれ魂だけになったポロを包むように抱き寄せる。
そして、その奥からハジャも歩み寄り。
「ポロ、私はお前を誇りに思う。失敗作だった黒妖犬が、今や神に近しき者と対峙し、それを討ち果たさんとしている。私の立場としては複雑な心境だが……しかし存外、嬉しいものだな」
静かに気持ちを伝え、ポロに魔力を注ぐ。
肉体を構築する為の、ハジャの命を捧げた全魔力を。
――ハジャ……。
「いい。どのみち私はお前から解放された後、奈落に落ちる。無為に悠久の時間を浪費するくらいならば、お前の血肉になるほうが意味があるというもの」
次第にハジャの気配が遠くなり、彼の魂が消滅する合図を、意識で感じた。
ハジャから流れ込む魔力を使用し、エキドナは自身の再生能力でポロの体を構築する。
同時に、アラクネは魔力で結った蜘蛛糸を筋繊維に代用し、ポロの体を自由に動かせるように紡ぐ。
そしてスキュラはポロに五感を与え。
元の体と遜色ない、新たな器を完成させた。
「ポロ、イズリス様を頼む……」
ハジャは最期にそう言い残して、ポロの中へ完全に溶けて、消えていった。
――ハジャ……みんな……。
体を再生させたポロは、静かに目を閉じ皆の思いを噛みしめる。
最後の延命、最後のわがまま。
果たすべき仕事を終わらせる為。
『ポロ、準備はいいか?』
バハムートの言葉にコクリと頷き。
再びかの戦場へと舞い戻った。
ご覧頂き有難うございます。
次回、決着です。