299話 最終決戦【3】
今更後には引けない。
何万年も前より抱いていた理想を覆すなど、出来るはずがない。
自分が間違っていたなどと、思いたくもない。
――だって……それなら私は今まで、何のために戦ってきたの?
無駄な事だったと、認めたくない。
――何の為に、天上界に反乱を起こしたの?
それを認めてしまったら、己の存在意義を見失ってしまうから。
イズリスは一人葛藤する。
「イズリス、俺はな――」
ショウヤが言いかけると。
「天上界から来た監視役なんでしょ? 予想してたわ」
次の言葉を分かっていたように、そう返した。
「正直私も、再び地上に出られるなんて思っていなかったから、そこまであなたを警戒していなかった。いっときの暇つぶし程度に、人生に迷うあなたへ協力していたわ」
「けれど……」とイズリスは続ける。
「実際復活してみると、やっぱり少なからず欲が出るものね。あの日実現出来なかった理想の世界を、もしかしたらここで叶えられるかもって、そんな夢を見てしまうの」
しかしショウヤの眼を通して、天上界の住人が自分を監視している以上、もはや自由など存在せず。
この戦いを終えても、待っているのは天上界の使者による連戦、そして永久牢獄への再追放。
自分が勝利する未来は一片もない。
「もう少し早くあなたの正体に気づいていれば、対処のしようがあったのかもしれない」
「……そうかもな。実際俺はお前の力に頼っていた部分もあったから」
「ふふ……まあ、もしもの話をしたところで現状は変わらないのだけれど」
乾いた笑いを向けるイズリスは。
「だからね……最後まで抗ってあげる」
突如魔力を放出し、自分の周りに幾つもの光の球体を生み出した。
「私を悪と断じた者すべてに、私の存在意義を証明する」
それは煌めく閃光となって、周囲に放たれた。
「【浄化の光】」
雨のように降り注ぐ無数の光の矢は、『エドゥルアンキ』を中心に容赦なく投下される。
「この……!」
ショウヤは魔導飛行船に張っていた防御結界を『エドゥルアンキ』全域に引き延ばそうと遠隔操作を行うが。
「させるわけないでしょ」
イズリスの操る光の矢はポロ達にも向けられ、手を出す隙を与えない。
ショウヤはサーフボードのように魔剣を操作しイズリスの猛攻を躱すが、絶え間なく振り続ける攻撃に防戦一方である。
下にいる皆もそれぞれスキルを使いながら回避し。
「一度遺跡の中へ戻るぞ!」
サイカの号令で『エドゥルアンキ』の中へと退避しようとする。
だが……。
「【聖なる天罰】!」
途端、イズリスは十字に空を切り、『エドゥルアンキ』の入り口向けて光の波動を放つ。
外壁に波動が直撃すると、崩れる瓦礫によって入り口を塞がれてしまった。
「ぐっ……くそ!」
退路を塞がれたサイカは、尚も襲い来る光の矢を魔法剣によって一球一球相殺し。
「【完全防御結界】!」
「……結界」
アルミスとナナの防御結界によって周囲の守りを固める。
「いくら防御結界を張っても、防ぎ切る事は出来ないわよ」
イズリスの周囲から無尽蔵に生み出される光の球体は、ポロとショウヤにだけでなく、『エドゥルアンキ』全域に矢となって振り注ぐ。
二人の防御結界は次第に亀裂が入り長くはもたない。
尚もイズリスの攻撃は止まず、反撃どころか回避するのもギリギリである。
徹底的に、殲滅する。
自分に残された時間の中で、精一杯足掻き続ける。
「私が……新たな世界へ導くの!」
叶わぬ理想を追い求め。
魂朽ちるその瞬間まで……。
そして、上空で逃げ回る二人は。
「ショウヤ、このままじゃ共倒れになる。二手に分かれよう」
ショウヤの背にしがみつくポロは、攻撃を分散させる為にそう提案する。
「ああ、けど、お前飛べないんだろ? 足場を作りながら蹴り進んでちゃ戦い辛いだろ」
「それが僕の戦闘スタイルだから問題ないよ」
そう言ってショウヤから飛び降りると、ポロは【暗黒障壁】で足場を作りながらイズリスの元へ駆けてゆく。
そして、アラクネの糸で生成したネットを作り、柔軟性のある足場で助走をつけると。
音速の速さで真っ直ぐイズリスへ飛脚する。
「【百中犬の鉤爪】!」
光の矢を弾きながらも飛距離を落とさず。
突き立てた爪は、イズリスの腹部へ命中した。
「ごはっっ!」
痛覚のある体にポロの爪が貫通し、突進の反動によってポロとイズリスはそのまま上空を直進。
そして、ポロは前方に【暗黒障壁】を生み出すと。
爪先を障壁に突き刺し、イズリスを挟む形で拘束した。
「ぐっ……ふふ、久しぶりの痛みね……。生身の体なら血が噴き出して内臓が破裂しているところよ」
イズリスは依然として落ち着いた様子で、眼前に映るポロに笑みを零す。
「坊や……あなたはよくやったわ。半人半獣の不安定な存在が、私の体に刃を突き立てたのだから」
そんな称賛の言葉を贈り。
「だからもう、おやすみなさい」
イズリスはポロの前に手を向け。
「……【終わり】」
大気を振動させる重圧を、ゼロ距離でポロに直撃させた。
ご覧頂き有難うございます。
明日明後日は休載致します。
もうすぐ最終章が終わり、物語の完結を迎えます。
最後までお付き合い頂けると幸いです。