29話 最深部で待ち構える者
冒険家達が女王蜘蛛と戦っている最中、オーグレイ一行は目前に控えた最深部へ歩を進める。その道中で。
「……オーグレイ、先程から何をやっているのです?」
操られた兵士に拘束されながら、アルミスはオーグレイの行動を不審に思う。
男は一定の距離まで歩く度に、光る瓶からフワフワと浮遊する何かを撒いているのだ。
「これは土のマナを生み出す人工精霊を植え付け、地面に生える木の根を爆発的に成長させているのです」
すると、アルミスはオーグレイに突っかかる。
「人工とはいえ、精霊を捕獲し、契約なしに使役することは違法ではないの?」
この世界においての魔力の源、マナを生み出す力の化身、精霊。
その神秘的な存在を捕獲し、人為的に増殖させる行為は自然界そのものに対する冒とくであり、特にエルフからの反感が大きく、種族によっては厳しい処罰が下される。
「今更法律を掲げるとは……勤勉でありますなぁ、姫様?」
「ふざけないで、その精霊達に何をさせるつもり?」
アルミスがそう言うと、オーグレイは先程歩いてきた道を指差す。
すると、奥で精霊を撒いた場所は、巨大な樹木の壁が出来上がっていた。
「あれは……?」
「障害物を作っているのですよ。魔力を吸った木の根は頑丈な壁になりますから。邪魔者が追って来ないように、ね」
オーグレイは魔物ではなく、置き去りにした冒険家達が追いかけて来た際の妨害を施していた。
決して突破出来ない壁ではないが、時間稼ぎには十分。
そんな樹木の壁を、オーグレイは道すがら何重にも作り出す。
そんな作業を繰り返し進んでいると、ふと、オーグレイは不思議に思う。
「ふむ、幸か不幸か、統治者級の魔物が跋扈していたおかげで先程から道中に一体も魔物が現れないな。上層に大量発生していたのは、住処を追われた魔物が逃げて来た所為か……」
そう呟きながら。
「安全な道中で大変結構。もし魔物に襲われたら、また何人か兵士を犠牲にしなくてはならなかったからな」
愉快そうな笑みを浮かべながら、周りに恐怖を植え付ける。
兵士達は生きた心地がしないまま、逆らう事の出来ない体を震わせオーグレイに続いた。
それからしばらくして、オーグレイ達は最深部の広間がある扉の前まで辿り着いた。
「ほう、原始的な洞窟かと思いきや、ここだけは人の手が加えられているようだな。古代人の遺物なのか……まあ、どうでもいいか」
言いながら、オーグレイは荷物を下ろし、適当な岩に座り込む。
「今外は日が昇っている時間だ。ならば当然この先には狩りを終えた黒龍が戻り、眠りについている。皆、ここで夜まで休憩を取ったのち、再び出発するぞ」
皆に命令を下すと、オーグレイは葡萄酒をあおりながらその場に寝そべる。
休まらない一同は暗い雰囲気を出し、堂々とするその男を睨む。その一方で。
「姫様、これを」
アルミスを拘束していた兵士の一人が、彼女に携帯食を渡す。
「それはあなたの分でしょう? ここへは勝手について来たのですから、私に気を遣う必要はありませんよ」
「なりません。姫様の健康に差し支えるような事があってはセシルグニムの兵士として立つ瀬がございませんので」
と、畏まりながらも。
「まあ……こうして姫様を拘束している自分が言うのもおかしな話ですがね」
その兵士は冗談めかして力なく笑う。
「……せめてあなた達の呪いを解呪出来れば良いのですが」
道中、何度も解呪の魔法を唱えたアルミスだが、彼らに施された魔道具が外れることはなかった。
「これは強力な呪術が込められているようですので、並みの魔法では解けないでしょう。それに、これは因果応報なのでしょうね」
ぼそりと口にする兵士に、アルミスは首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
兵士はオーグレイに聞こえないように小声でアルミスに答える。
「我々は元々、今回の攻略部隊に参加すれば必ず出世出来ると、オーグレイ様にそそのかされて参加しただけです。目先の欲に目が眩み、国の者を欺いて、戦闘実績もない我々が派遣されるように仕向けたのです。王に口添えをして頂いた姫様をも騙し、軽率な行動をとった罰が下った……それだけです」
すべてをアルミスに打ち明けた兵士は、どことなくスッキリした様子だった。
「ですから、せめて死ぬ時はあの男の為ではなく、姫様をお守りする為の死でありたいと願います」
「そんな……私の為に犠牲になんてならないで下さい。もちろんオーグレイの為にも」
「それを決めるのはあの男次第でしょう」
ボリボリとわき腹を掻きながら横たわるオーグレイを見やり、アルミスはやるせない気持ちになる。
――私のせいで……みんなが……。
軽率な行動をとったのは自分なのだと、アルミスは深く後悔した。
「なので私はもう食事は不要です。どうかこれは姫様がお食べ下さい」
そう言って携帯食を差し出すと、アルミスは拘束された両手を器用に動かし、スティック状の携帯食を二つに割った。
「半分こしましょう。少しでも栄養を摂らないと、いざという時に動けないと講師から教わりました」
精一杯の笑顔を浮かべ、アルミスは兵士に半分返す。
「姫様…………」
そして、アルミスは手を合わせ祈りを捧げた。
「世界の神様、どうか私達をお守り下さいませ」
彼女の気休めの祈りを、周りの者達は心身に刻む。
懐中時計を確認し、ようやく外は日が沈んだ頃だと予想する。
と同じタイミングで、扉の先から風圧がぶつかるような轟音が起き、黒龍が巣から飛び立った合図だと確信した。
「よしよし、頃合いだ。行くぞお前ら。これ以上立ち往生していると、上にいる奴らが追ってきそうだからな」
そう言いながら、オーグレイは待ちわびたと言わんばかりにテキパキと出発の準備をする。
そして数人がかりで巨大な扉を開けると、中は今までで一番広い空間が広がっていた。
黒龍の寝床である為か、巨体が動きやすいように作られた、端が見えないくらいの大広間。
何より、中心に位置する地面から巨大な魔方陣のようなものが描かれており、そこから青白い光が絶えず発光している。
考えずとも、これが外から放たれる光の柱の源なのだと、一同は理解した。
「すごい……これが『世界の支柱』の最深部。なんて神々しい場所なの……」
思わず感想が漏れるアルミスは、しばらくその光を眺めていると……。
ふと、中から人影のようなものが出てくる光景が目に映った。
「え…………人?」
それは黒を基調とした紳士服を纏う、落ち着いた雰囲気を醸し出す男性だった。
すると、オーグレイも予想だにしなかった事態に疑問を浮かべる。
「あん? なんでこんなところに人がいるんだ? まさか俺らより先に入った調査団じゃねえだろうな?」
などと、突然現れた男を不思議に思っていると、男の方から口を開いた。
「すごいな、統治者級の魔物が三体もいる中で、よくここまで来れたものだ」
表情こそ穏やかではあるものの、ダンジョンの最奥に一人で立っていたその男の異様さに、周りの者達は戦慄を覚える。
「紹介が遅れたね、僕はオニキス。一応、この場所を守る者だよ」
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