290話 空の戦い
イズリスは新しく生成した自身の体を見やり、しきりに五指を開閉させる。
「うん、痛覚があるのは厄介だけど、やっぱりこの体のほうが動き易いわね」
出来る限り生身の体に近づけた彼女から発せられる魔力の圧が、大気を揺らす。
「時間もあまりないし、早々に終わらせましょうか」
彼女がそう言うと。
「天上界の住人が来るのを恐れているの?」
ポロはイズリスの思考を鑑みて、そんな予想を述べる。
「…………」
「その体は万全じゃない、作り物の体だ。その状態でも十分強いけど、あなたの恐れる人達っていうのはきっと、もっと強いんだろうね」
「黙りなさい」
その瞬間、イズリスから笑みが消えた。
「地上の住人が、この世界以上の事を知ろうとすれば、あなたも天上界から殲滅対象に認定されるわよ?」
そんな脅しをかける彼女に。
「なら、もう手遅れだね」
自身の両手に装備した『ミストルティン』を見やり、そう返す。
「この魔道具は、多分世界中どこを探しても同じような物は存在しない。そんな希少な代物を僕はある人達から託されたんだ」
「っっ……!?」
途端、イズリスは顔をしかめる。
凝視したその魔導具の素材が、この世界の物ではない事を彼女は知っていたからだ。
「もしこれを渡した人達が、あなたの言う天上界の住人なんだとしたら、僕はきっと、この戦いが終わったら用済みとして排除されるかもしれない」
「だけど」と、ポロは続ける。
「もし僕の予想通りだとしたら、天上界の人達はすでにこの世界に降りている。この意味が分かるよね?」
「…………」
「僕達がここで負けたとしても、あなたはすでに上の人達に包囲されている。どうあってもあなたが自由になる未来はないよ」
ギリ、と、イズリスは奥歯を噛み締めた。
「あなたはこの世界で女神かもしれない。けど、本当の神様には敵わないんでしょ?」
「それ以上喋ると、死よりも辛い苦痛を味わわせるわよ……」
だが、ポロは尚も続ける。
「あなたの負けだよ。イズリスさん」
「黙りなさい!」
途端、イズリスは激高しポロに接近すると。
手の平に空気を圧縮した魔弾を練り、そのままポロに投擲した。
「【圧縮衝撃】!」
対するポロもイズリスに向かい、空間爆発の魔法で相殺する。
「【破裂空弾】!」
二つの魔法がぶつかると、彼らを中心に巨大な爆風が巻き起こり。
その反動で、ポロは上空へ吹き飛ばされた。
するとポロは宙で回転しながら態勢を立て直し。
「【暗黒障壁】」
周囲に多数の防御壁を生み出し、それを足場にして空中を駆け回る。
「翼も浮遊魔法もないあなたが、空中戦に回るのは悪手だったんじゃない?」
と、イズリスは浮遊魔法で体を浮かせながら尚もポロへ迫る。
「おあいにくだね。空の戦いは得意なんだ」
宙に浮かぶ足場を蹴りながら移動するポロに、イズリスは先回りし眼前に立ちはだかると。
「【火炎溶解】!」
灼熱の波動をポロ目がけ直線状に放つ。
ポロは息を大きく吸い込み、イズリスの火炎放射に、同じく炎の息吹で応戦。
「【六犬女帝の息吹】!」
再び魔法を相殺すると、広範囲に渡る爆炎を隠れ蓑にしながら、尚もポロは空中を駆ける。
「ちょこまかと……」
イズリスは空間から二本の剣を取り出すと、空気を蹴るように加速をつけ、一気にポロへ接近。
そして両手に持った剣を同時に振るうと、その斬撃は竜巻の如く螺旋を描きながらポロに飛んでゆく。
「【螺旋の刃】!」
ポロはその螺旋の流れと逆流しながら体を回転させ、同系統のスキルで再び相殺。
「【螺旋の鉤爪】!」
互いの技をぶつけ合い、戦いは熾烈を極める。
が、イズリスの放つスキルはいずれもポロの上位互換であり、均衡しているようでポロは劣勢を強いられていた。
「坊や、あなたのスキルはすべて、私が生み出したスキルの劣化版よ。幾多の世界で生まれた魔法スキル、体術スキルは、等しく私から派生した猿真似に過ぎないの」
「ならこれは、人類が試行錯誤の末に出来た技術の結晶だよ。たくさんの失敗を経験して、より良いものにブラッシュアップされたんだ。元祖に固執して進化しようとしないのは、思考を停止しているのと変わらないさ」
「生意気言うんじゃないの!」
と、イズリスはポロに剣を振り回し、ポロも応戦する。
「どちらが優勢か、分かっているのでしょう? 強がってないで、大人しくその命を捧げなさい」
鍔迫り合いの中、ポロは言う。
「焦っているの、知ってるよ。早く僕を始末して、天上界の追手から逃げようとしているんじゃない?」
「っっ……!」
「でもそんな事はさせないし、僕も負けないよ。この世界で起きた事は、この世界に生きる人が片付けなくちゃいけないだろうから」
激化する空中戦。
ポロとイズリスの戦いが佳境に迫る中。
『エドゥルアンキ』内部にいる者達も終局を迎えようとしていた。
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