286話 イズリスの精神世界
『エドゥルアンキ』最深部にて。
イズリスは石碑に浮き出るキーパッドを操作し、眼前に現れるホログラムに世界中のデータが記された映像を投影する。
「この世界の文明レベルは平均値。オルドやハジャが開拓したからか、魔術の知識は他の世界よりも進んでいるわね」
データを見ながら世界の情報を次々と暗記してゆく。
「ふぅん……まず優先的にやらなきゃならないのは、天上界のゲートを閉じる事ね」
イズリスが復活する際に発動した『エドゥルアンキ』を軸にした光の柱は、天地に巨大な通り道を作った。
それは次元の壁に穴を開けるものであり、地に落ちた柱は奈落に直通する道。
そして天に昇った柱は、天上界に繋がる道。
どちらか一方だけを発動させる事は不可能な機能である為、必然的にイズリスの天敵、天上界の住人達に自分の居場所を知らせる行為だった。
天上界の者達が総動員でこの世界に向かってくる事態を避ける為、イズリスは光の柱を閉じようと『エドゥルアンキ』のシステムを早急に改変させる。
「奈落にいる可愛い部下達、もう少しだけ待っててね」
まずはこの世界を完全掌握してからだと、そう思いながら。
そんな彼女は、壁に拘束したままのポロを窺う様子はない。
もはや彼には何も出来ないと高を括っていた。
――やるなら今だね。
ポロは心の中でそう唱え、中にいる皆に合図を出した。
光のロープに拘束されている体は、体内で魔力を練る事が出来ず、力も入らなくなっていた。
まずはその状況を打開する為、バハムートの力を借り、別世界から魔力を供給できる次元の通路をポロに繋げる。
魔力の戻ったポロは、深く呼吸をし、そして。
「【獣神解放】!」
身体強化魔法を唱えた瞬間、体に巻き付く光のロープを引きちぎり。
音速のスピードでイズリスへ飛びかかった。
「あら、まだやるの?」
ポロに背を向けたまま彼女はそう言うと。
「今度は本気出なんでしょうね!?」
振り向きざまに、ポロに掌底の構えで手の平を振るう。
ポロは寸前でそれを躱すと、イズリスとクロスするようにしてポロも掌底を振るい。
「【破裂空弾】!」
途端、ポロの手の平から空間爆発を巻き起こす。
「いっったい! ……それ、ハジャの得意なスキルじゃない」
爆風の直撃を受けたにもかかわらず、イズリスはかすり傷程度に頬を擦り、平然としていた。
なおもポロはもう片方の手を向け、今度はイズリスの額に押し付けるように掌底を放った。
「本命はこっちだよ」
ポロの手が触れた瞬間、イズリスはかすかに驚いた表情を見せ。
「力を貸して、ハジャ! 【精神への接続】!」
途端、イズリスの脳内意識に黒い激流が侵食する。
ここはイズリスの精神世界。
どこまでも続く白々とした世界。
その概念に、黒い影のようなものがみるみると辺りを黒く染め上げてゆく。
――あらあら、これはまた……。
微笑を浮かべながら、黒い渦の中心を見つめるイズリスは。
そこに現れる人物に、呆れたように息を吐いた。
――まさか、私の邪魔までされるとは思わなかったわ、ハジャ。
彼女の前に立つ無表情のハジャに、残念そうに漏らす。
――ここに現れたということは、やっぱり私と敵対するつもりなのよね?
『申し訳、ありません。イズリス様』
深々と、ハジャは彼女に頭を下げた。
――いいわ、こうなる気はしてたもの。……ふふ、それにしても私、人徳がないのかしら。
『……?』
――ついさっきもね、部下に裏切られたばかりなのよ。ほら、ショウヤに与えた固有能力の前の持ち主、かつてのアルマパトリア妖精女王、シャロムにね。
『シャロム・ティターニア……生きていたのですか?』
ハジャはわずかに目を見開き、イズリスに返す。
――あの子にショウヤとの意識共有を遮断されてね、主導権を乗っ取られちゃった。
『…………』
ハジャは無言でイズリスを見つめる。
――こうなると、さすがに私の気持ちもブレるわ。罪悪感もある。あなた達に疑心を抱かせちゃった責任を感じてしまうの。
『……イズリス様、私は――』
――いいのよ、好きになさい。元々万人から受け入れられる思想は持ち合わせていないもの。ただ……最後にあなたの答えを聞かせてもらえるかしら?
ハジャは少しの間をおいて。
『私は……あなたのやり方を、否定します』
はっきりと、かつて信仰の対象だった彼女への決別を言い放ち。
そんなハジャへ、イズリスは静かに頷き、小さく笑った。
ご覧頂き有難うございます。
恐縮ですが、明日は諸事情により休載します。
いつもご覧になられている方には申し訳ないのですが、何卒ご了承頂けると幸いです。