280話 化け狐と魔剣士
『エドゥルアンキ』制御室にて、悠然と立ちはだかるオールドワン。
その背後には、さらに奥へと繋がる扉が見える。
「ここが最深部だと思っていたが、まだ先に何かあるようだな」
サイカは呟くと。
「だがどのみち私達はここに残る必要がある。姫様とエリアス様を魔鉱石の牢から出す手段を、この男に吐いてもらわねばならないからな」
呼吸と共に神経を尖らせ、体中から冷気を発する。
「ナナと、他の奴らも数に入れてくれよ」
同時にバルタも手投げ斧を両手に構え全身に炎を滾らせた。
「あとよ……気になったんだが」
「分かっている。エルメルと呼ばれていた女の姿がないな」
二人は周囲の魔鉱石を見渡し、そこにルピナスの親友、エルメルがいない事を確認すると。
話を聞いていたオールドワンは、冥途の土産と言わんばかりに二人に告げる。
「当然だ。彼女はここにいる『統一する者』の中でも群を抜いてイズリス様との適合率が高いと分かったからな。今はその準備を整えている」
――ということは、やはりあの奥に……。
サイカとバルタは同時に目で合図し。
「神の器になれるのだ。これ程幸福な事はない」
妄信した男を横目に、二人はポロを背後に匿うような陣形を取った。
「……どうした? この中で唯一私に土を付けた者が後ろで守られるとは」
「…………」
ポロは何も答えず、ただ無言で二人に動きを合わせる。
「まあいい。無為に牽制し、時間を浪費してくれるのであれば好都合。それで私の目的は果たされる」
そう言うと、オールドワンは前方に向かって指で十字をなぞり。
光文字のような十字架が生まれると、彼はその紋様に大剣を構えて刺突を放った。
「【十字の鋭剣】」
大剣による突きと共に、宙に描かれた十字は肥大しながらサイカ達へ接近し、光の斬撃となって襲い掛かる。
三人は同時に別の方向へ避けると、オールドワンはただ一点のみに視線を当て。
真っ直ぐポロの元へ跳躍し、剣を振り被る。
「雑魚は後でいい。まずは貴様から始末するぞ、ポロ・グレイブス!」
するとポロはオールドワンに目を合わせ、ニヤリと笑った。
「おやぁ、あーしでいいのかい?」
「っっ!?」
その目が、その言葉が、その気配が、彼のものではないと気づいた時には、すでにオールドワンは後手に回っていた。
ポロと思われた人物は、突如蜃気楼のように体がぐにゃりと変形し。
元の姿、リノの体へ形を変えた。
「貴様は……!?」
「行きなっ、ポロ!」
そして、オールドワンの背後で【不可視化】を解いた本物のポロが姿を現し。
「ありがと、リノさん!」
扉の奥へと駆け抜けていった。
これが、彼らが道中で講じた作戦である。
合成生物実験によって、グラシエと同じくリノは魔物の遺伝子を混ぜられた。
彼女に組み込まれた魔物はシェイプシフター、相手に幻を見せる幻影種である。
この力を使い、リノはポロに化けて敵の目を欺く。
オールドワンがポロを危険視している事を想定しての作戦だった。
「おのれ……行かせるか!」
血相を変えたオールドワンは、地面を蹴り込みポロを追いかけると。
「【永久凍土】!」
サイカが先回りし、扉の前に強固な氷塊の壁を作りオールドワンの足を止める。
「っっ……! カザミの血族がっ!!」
眼前に立ち塞がるサイカに怒りを露わにすると。
力の限り大剣を振り下ろすオールドワンに、サイカは氷気を纏った剣でそれを受け止める。
「挿げ替えるなよ。憤っているのは私とて同じだ」
金属が擦れる音を立たせながら、鍔迫り合いで向き合う二人。
「……我が祖父の仇、ここで討たせてもらうぞ!」
サイカは全身から冷気ほとばしる魔力を放出し、刃に鋭い氷塊を纏わせ横に薙ぐ。
「【絶対零度】!!」
最低温度の限界値をたたき出す冷気を氷剣に纏わせ、近づくだけ辺りを凍らせる魔法剣をオールドワンに解き放った。
「ぐっ……!」
そこから続く剣の連撃。サイカが剣を振るう度に冷気の斬撃がオールドワンを襲い、斬られる度に傷口から氷柱のような氷塊が作り出され、同時に彼の体内が凍結してゆく。
「その動きは……奴の……」
祖父から受け継いだ剣技と、祖母から受け継いだ魔術を複合させた魔法剣。
「私に流れる血は、今日この日まで絶えず継承されてきた!」
過去の因縁をここで断ち切る為、サイカは剣を振るう。
「ここで貴様を打ち滅ぼす為にっ!」
先祖の意志を背に、氷姫の魔剣士は戦場を舞う。
ご覧頂き有難うございます。