279話 現れる元凶
ドルチェスとの戦いを終えたグラシエが一呼吸置いた時。
「……う、つつ……」
先程のダメージが遅れて彼女の体を襲う。
骨も内蔵もボロボロにやられており、常人ならば気絶する程の激痛である。
けれども、と、役目を終えた彼女は、自分の半身に語り掛けるのだ。
――オレの目的は果たした。約束通り、この体は好きにしな。……こんな不良品になって申し訳ないけどね。
古代魔獣ベヒモスに苦笑いを浮かべながらそう唱えると。
ふと、彼女の体に浮き出ていた紋様が消えてゆき、同時に彼女が感じていた痛みがスッと抜けてゆく。
「……これは」
言葉は交わせずとも、半身の意志は伝わる。
痛みを半分肩代わりし、再び彼女の中で眠りにつくように。
「こんな傷だらけの女には興味ないってかい?」
などと微笑を浮かべながら冗談を口にする。
半身から感じる想いは怒りや支配欲などではなかった。
ただ純粋に彼女を慕い、彼女を見守ろうという意志だった。
――許してくれるのかい? ずっと距離を置いて、あんたから避けていたオレを。
嫌という程密接に同化したもう一つの遺伝子は、まるで保護者のように穏やかで。
雄々しく寛大で、自分を受け入れてくれる優しさがあった。
――パルネもこんな感じだったのかな。多分メイラーも……。
同じく古代魔獣を組み込まれた彼女達を思い。
今なら二人とも、合成生物の話で盛り上がれるかもと、そんな先の未来を描いてみた。
と、そんな時、ルピナスの召喚した紅炎の不死鳥が舞い降り、グラシエの負傷した体を瞬時に癒してゆく。
「はは……すごい治癒能力だ。悪いね、鳥さん」
そういえばパルネもこんな感じの鳥だったと思いながら、体を治癒する温かい炎に包まれていると。
「悪いと思うなら……あなたもこの後、馬車馬のように働いてよね?」
疲弊した様子で、ルピナスは告げる。
「この子、召喚している最中も私の魔力を吸い取るのよ。おかげでもう空っ欠。治してあげたからには私の手足となって、エルメルとナナを助けるの手伝って」
「ああ、感謝してるよ。それに、元よりそのつもりだ」
言いながら、奥でクロナを寝かせるリミナに視線を向け。
「ともかく、ここで一人も戦闘不能にならなかったのは重畳よ。追手も未だにオニキスが食い止めてくれてるみたいだし、先を急ぎましょう」
最後の魔力回復ポーションを飲み干し先に進む。
オールドワンの元にはポロが向かっているが、この先に敵がいないとも限らない。
彼がオールドワンを食い止めている間に、予想していない敵に囲まれた場合に備えて、頭数も多いに越したことはない。
エルメルとナナを救う為ならば、いかなる魔境にも踏み入れると。
彼女は急ぎ足に深部へと向かった。
一方、先んじて『エドゥルアンキ』深部へと歩を進めたポロ達は。
細暗がりな道中から一変して、一面白々とした金属で埋め尽くされた広間へと出た。
「なんだここ……テティシアの地下研究所みてえな場所に来たな」
そう言ってバルタは周囲を見渡すと。
壁際に一定の間隔で並ぶ巨大な結晶石が目に入る。
「おい、まさかこれ全部魔鉱石かよ?」
ここはエネルギー供給システムを担う制御ルーム。
一室にある結晶石は全て、潤沢なるマナを内包した魔鉱石であった。
その一つだけでも一国が傾く程の価値がある、膨大なエネルギーを秘めているであろう魔鉱石が、ざっと見で二十以上。
するとサイカは、壁際にずらりと立ち並ぶ魔鉱石を見やり。
中に人影のようなものが映った瞬間。
彼女は目を見開き、叫んだ。
「姫様っ!」
魔鉱石の一つに焦点を当てると、そこに見えた人影は、紛れもなくアルミスの姿だった。
その左右にはナナ、エリアスと、彼らが救出すべき者達が眠ったように囚われていた。
「ナナ……!」
バルタは彼女の元へいき、魔鉱石を軽く叩くと。
「いぎっ……! な……」
魔鉱石に触れた瞬間、彼の体に電流のような痛みが走り、同時に魔力を奪われた感覚に見舞われる。
「こいつは……まさか魔力を吸収してるのか? 中にいる奴ら全員」
魔鉱石の中に囚われている者達は全員『統一する者』であり、『世界の支柱』にいざなわれた、マナに愛されし供給源。
オールドワンは、彼女らを使って『エドゥルアンキ』にエネルギーを注いでいたのだった。
「くそ……! ここまで来て……なんとかならねえのか?」
奥歯を噛み締め、どうにかしてナナを救い出したいと嘆くバルタ。
と、その時。
突如何もなかった奥の壁から、引き戸のように空洞が生まれ。
中から此度の元凶である、オールドワンが姿を現した。
「来たか。愚策な星の住人めらが」
突きつける鋭い眼光から、周囲に殺気がほとばしる。
「少人数精鋭とは聞こえが良いものの、本当にその数でここまで来るとは思わなんだ。数百の兵を以て進軍すれば、まだ勝算があったものを……」
「元々多人数を想定して、あの魔人の女をけしかけたのだろう? 数を揃えればそれだけ利用される危険が伴う。蘇生に洗脳は、貴様の妙技だからな」
サイカは剣の柄に手をかけながら、オールドワンの出方を探る。
「そうか、そちらにはフォルトがいたな。ならばやはり、その人選が適正なのだろう。たしかに駒を増やす策は潰えた」
と言いながら、オールドワンは一人一人に指を差す。
「……ここまで来たのは三人か。ルピナスは上層で足止めか? 彼女なら真っ先にこちらへ来ると思ったが……」
まあいいと、彼は気にせず続ける。
「こちらはポロ・グレイブスさえ止められればそれでいい。ここで私が敗北しようと、私の目的は達成する」
そしてオールドワンは【空間の扉】から大剣を取り出し構える。
しかし彼は気づいていなかった。
この中に、もう一人いることを。
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