278話 ドルチェス戦、決着 リミナサイド
激戦の末、辛くもクロナに勝利したリミナだが、体内の魔力を出し切った彼女は、硬化と変質で操っていた自身の血液が効力を失くし、傷口から絶え間なく流れ出る。
だが、出血多量で意識が途切れる中、不意にクロナは懐から小瓶を取り出し、リミナの口にねじ込んだ。
途端、彼女の傷は一瞬にして塞がり、負荷をかけた骨も臓器も正常に戻り、みるみる魔力も回復。
リミナは瀕死のクロナを見やり、疑問を投げかける。
「今飲んだのって、回復ポーション? ……どうして?」
助けられる道理のない敵同士。にもかかわらず、何故自分よりも重傷の彼女は自己治療の手段を擲って、自分に与えたのか、と。
「ただの回復ポーションじゃない。昔冒険家パーティーで『エリクシア』の原料を採取したって言ったでしょ? これはその薬草を煎じて作った正真正銘の『エリクシア』。金貨百枚はくだらない万能薬よ。その体、大事にしなさい」
弱々しい笑みを浮かべながら、次第に呼吸が静かになるクロナ。
「なんでそんなものアタシに飲ませるのよ! 友人の弟にあげる物だったんじゃないの?」
「間に合わなかったのよ……。彼らから奪い返した薬草を持って、薬師に調合してもらって……あの子の代わりに『エリクシア』を届けに行った時には……もう息をしていなかった……」
「そんな……!」
難病に苦しむ弟を救いたいと願った少女は、欲をかいたかつての仲間達に殺され、クロナは友人の代わりに薬を調合したが、少女の弟はその薬を飲む前に亡くなった。
報われない話に、リミナはやるせない気持ちになる。
「あの子の無念を考えると、手放す気になれなくてね……」
「だったら! なおさらアタシに飲ませるべきじゃなかったでしょ! あんた自身に使ったほうが、友人もよっぽど喜んだはず。戦士に情けをかけるのは無礼なんじゃなかったの!?」
クスクスと、クロナは笑う。
「ええ、そうよ。……だからあなたに無礼を働いたの。あの子と、弟君の無念が詰まった最高級の回復薬を、あなたに押し付けてやったわ……」
「なんて後味の悪い仕返しを……!」
「ふふ、せいぜい罪悪感に苛まれながら、これからもずっと生きていきなさい……」
そう嘲笑しながら、クロナはゆっくりと瞼を閉じた。
「この女、最後まで……!」
勝ち逃げのような言葉を残すクロナに憤り、リミナは今ある解毒薬や回復ポーションを無理やり彼女に飲ませるが、状態は変わらず。
「ルピナス、この女を治療出来ない?」
奥にいるルピナスに助けを求めた。
「本気で言ってるの? オールドワンに肩入れしている敵じゃない。治療した後、また躊躇なく斬りかかってきたらどうするの?」
「このまま勝ち逃げされるのが気に食わないの。また襲ってきたら、アタシが命に代えても食い止めるから、お願い!」
戦いのさなかで感じていた、彼女の本心。
死に直面する度に光悦する彼女は、どこか生に投げやりで。
彼女の殺戮的興奮は、裏返せば自分自身に罪の意識があったのではないかと。
ともすれば、彼女は死に場所を求めていたのではないのかと、そう思い。
「……エルメルのところに行ける余裕があれば、魔力を温存して先に進みたかったんだけど?」
「ごめん! 役立たずって言ったことも謝る! この先あんたの手足となって働くし、盾にだってなる。だから、お願い!」
切実なる非効率な頼みに、ルピナスはため息を吐きながらカードケースから紙札を取り出す。
「【紅炎の不死鳥】」
そうして召喚した魔物は、全身が炎で生成された、神々しい巨鳥。
「……まぁ、そろそろ向こうも決着がつく頃合いだし、多分瀕死の重体になるだろうから丁度良いかもね」
言いながら、ついでと言わんばかりに炎鳥の再生能力をクロナに付与した。
そしてルピナスが視線を向ける方向で。
グラシエとドルチェスの殴り合いも決着を迎えようとしていた。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、グラシエは全身ボロボロの体に鞭打ち、拳を構える。
「……ぬぅ……娘……近接戦闘で、ここまで俺と張り合えたのは、お前が初めてだ」
対するドルチェスも疲弊した様子で彼女を見やり、幾本か折れた骨を無理やり動かし戦闘態勢を崩さず。
「お互い限界であろう。ここいらで決めるとしようじゃないか」
受けたダメージを全て力に変換し、ドルチェスは正拳の構えで最後の一撃にかける。
「ああ、賛成。……ここで沈めてやるから、もう楽になれ」
グラシエもまた拳を引き、片腕に残りの錬気を集中させ。
グラシエとドルチェスは、同時に拳を振り切った。
「【鬼神鉄槌】!」
「【徒手空波】!」
互いの波動が衝撃波となり、周囲の岩壁を崩しながらぶつかり合う。
至極単純な力比べに命を注ぎ、均衡する押し合い。
その勝負を制したのは……グラシエだった。
「ぐああああああ!!」
力を出し切ったドルチェスは、彼女の波動に吹き飛ばされ、大砲の如く岩壁に叩きつけられる。
壁に巨大な半月型を残しながら、ドルチェスはその場に倒れ伏した。
雌雄を決したグラシエは、力が抜けたようにへたり込み。
「……くそ硬かったぜ、おっさん」
目の前の強敵を見つめながら、小さく称賛した。
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