272話 最後の役目 オニキスサイド
『エドゥルアンキ』内部の、とある広間。
無数に湧く魔導生物の群れに、男は一人戦っていた。
皆が行く先の、追手をここで食い止める為に。
「……どうやら外装は無限に作り替えられても、体を構成する核には限りがあるみたいだね」
言いながら、オニキスは溶解した白い金属で長剣を生成し、迫り来るゴーレムと鍔迫り合いになる。
「活路が見えて良かったよ。ただの持久戦だったら、多分心が折れていただろうから……ねっ!」
そして互いに剣を弾いた瞬間、フルアーマーの接合部分、わずかな間隙を縫うように、オニキスの剣先はゴーレムを貫いた。
狙いは鎧の中心にある心臓部。
それは白い金属粒子を磁石のように引き寄せ、際限なく鎧の体を構成する自立型の魔道具である。
オニキスはその狭い隙間に寸分違わず狙い穿つと、ゴーレムは機能を停止したようにバラバラに砕け地面に散る。
――これで何体目だろう。
一心不乱に交戦していたオニキスは、もはや倒した数も覚えていなかった。
しかし確実に減ってはいる。ざっと見で百体弱。
金属を操る魔力はほとんど残ってはいないが、ゴーレム達から奪った金属で幾本か剣を生成していた。
「さて、問題は……彼らの頭の良さだね」
両手に長剣を携え、自分を取り囲まんとする金属の塊を見やる。
最も厄介なのは、ゴーレムの学習能力である。
最初こそ単調な動きで大剣を振るだけだったゴーレムは、いつしかオニキスの動きを観察し、彼の先を読むような複雑さを見せてきた。
人の手を介さない自立型のゴーレムではありえない順応速度に加え、オニキスは生身の体。
体力には限界があり、当然疲弊もする。
依然状況が不利なのは変わらないのだ。
「まさかのAI機能搭載とはね。この世界の文明レベルじゃオーバーテクノロジーだろ……」
これも神が創った遺跡ならば造作もないのか、と、オニキスは独り言ち。
残党の殲滅を開始する。
――どれ程の時間が経っただろう……。
長剣を支えに、オニキスはふらつきながら地に立っていた。
無限とも思えた敵兵も、残りは六体。
よく耐えたと自画自賛しながら、上がらぬ手を無理やり掲げ、剣を構える。
全身に剣傷を負い、至る箇所が骨折。
内臓も幾つかやられ、息は絶え絶え。
回復ポーションも底を尽き、使える物は剣一本。
そんな絶望的状況で尚、オニキスは戦い続ける。
罪滅ぼしと意地。
どれだけ傷を負えば、殺めた者の怨嗟が消えるのか。
そんな自分縛りを科せていた。
そうする事で、わずかながらに気が楽になった。
元の世界で別れた恋人と、罪悪感なく肩を並べられると、自身を自己肯定出来た。
「…………来いっっ!」
俊敏な動きで接近する金属の塊に、オニキスは真っ向から迎えうつ。
ゴーレムの太刀筋は、もはや並みの剣士のそれを遥かに凌駕していた。
無駄な動きが一切ない、研ぎ澄まされた剣技。
六体のゴーレムの刃をギリギリで躱しながら、核に目掛けて剣を突く。
一体を沈めると同時、別のゴーレムの剣がオニキスの腹部を貫き。
「がっ……あ……!」
口から漏れ出る血液をそのままに、もう一体も穿つ。
常人ならば立つことも出来ない瀕死の状態。
転生した際に能力を底上げしていて良かったと、この時ばかりはオールドワンに感謝した。
そして三体、四体、五体と、残りのゴーレムを殲滅してゆくオニキス。
その度に、他のゴーレムの斬撃を浴びせられ、全身から流血が止まらない。
最後の一体に片腕を撥ね飛ばされた瞬間、オニキスは残りの腕を鎧に当て。
「ラストだ……」
『金属掌握術』の能力で鎧を溶解し、片腕に集約させる。
そして、自身の体よりも巨大な大槌を生成し、メッキの剥がれた核に向けて振り下ろした。
ぐしゃりと地面に潰れた魔道具を見て、オニキスはえも言えぬ達成感と共に、その場に倒れる。
――ギリギリだったけど……どうにかなったな。
途切れる意識の中で、己の役目を終えた彼は。
――ルピナス、ひと足先に行ってるよ。天国か地獄かは分からないけど……。君は少しでも長く生を全うしてくれ。
そう心の中で呟き。
穏やかな笑みを浮かべて、息を引き取った。
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