268話 キア攻略戦 フォルトサイド
オールドワンに匹敵するキアの実力は、先の戦いで時空の彼方に退けた神毒の赤蛇のそれを凌ぐ。
真っ向からぶつかって、三人と一匹がキアに勝てる可能性はゼロである。
故に時間操作魔法を使えるフォルトのサポートが勝敗を分かつところではあるが、キアもまた、彼女の魔法に耐性を付けた為もはや脅威にはなり得ない。
数の有利など、キアにとっては問題にすらならないのである。
「フォルト様のお体は主君に捧げる大切な器。再生が可能な程度に留めておきますが、そちらのお二方、と、猫妖精のあなたは問答無用で斬首刑です」
大斧を肩に担ぎ手の平を相手に向ける独特の構えで攻防に備え。
隙の無い眼光で彼女らの出方を窺う。
すると、ノーシスは一歩前に進み、自身の体に刻んだ呪印を解放する。
「近接は僕がやる。皆は後方支援を頼むよ」
身体のリミッターを解除し、そして、キアの元へ駆けだした。
走りながら拳銃を構え、正面のキアに向けて数発の爆裂弾を撃つが。
キアは一歩も動かず、無防備で爆撃の渦に飲まれた。
追撃でノーシスは跳躍し、キアの頭上目がけて短剣を振り下ろす。
「【直下斬突】」
硝煙で姿が見えぬまま、感覚で彼女の輪郭に刃を振るおうとした時。
突如その煙の中から巨大な大斧が現れ、油断したノーシスは腹部に斬撃を食らってしまう。
「ぐっ……!」
不意の一手にノーシスは後退すると、中からキアが飛び出し、体勢を立て直す間も与えずノーシスへ斧を振り回す。
「なるほど、自身の体に呪印を施す事で、能力の底上げをしているのですね」
「分かるのか?」
ノーシスはその猛進を短剣で防ぎながら平静を装う。
「呪術の匂いを感じますので。才を持たない者なりに、努力をしていらっしゃるのですね」
顔色一つ変えず、反撃を与えず、彼女は斧の連撃を浴びせ続けた。
「大変ご立派ですが……しかしあなたの呪印、ノーリスクで発動は出来ませんよね? おそらくはご自身の命を削っているのでは?」
ノーシスは何も答えない。
「種族に偏見は抱きませんが、短命種である人間では、その呪印とは相性が悪いでしょう。ここがあなたの限界です。戦いが長引けば、あなたは勝手に自滅する」
するとキアは一段階スピードを上げ、さらに斬撃の威力を高めた。
その速度に追い付けず、ノーシスの体に幾つもの切り傷が増えてゆく。
「ずいぶんと息が上がってますね。まだワタクシは力の半分も出してはおりませんが?」
「ただの馬鹿力がマウントを取るな。動きは単調だ。魔物と大差ないくらいにな」
「挑発でワタクシの動揺を引こうとお考えでしょうか? でしたらいささか短絡的でございます。まあ……単調というならば、もう少しスピードを上げましょうか」
そう言って、キアの動きはまた一段階速くなる。
「っっ!?」
そのスピードは、もはやノーシスの反射神経では追いつけない領域に達していた。
幾度となく浴びせられる斬撃、短剣や拳銃でガードするも、途端に武器が破壊されていまう。
「いかがですか? そろそろ楽なっては。後ろの方々も見ているだけで加勢しようとしない。あなたはただの捨て駒にされているのですよ」
「ああ、そうだな……否定はしない」
すると、突然ノーシスは大きく後ろへ後退し。
「だが、それでいい」
全ては念話で取り決めた作戦通りだと。
笑みを浮かべながら、キアの足元を見つめる。
「っっ!? 地雷?」
そう認識した時には、すでにキアは自らが踏んだ地雷の爆撃を受けていた。
「けほっ……さっきから爆撃ばかり……!」
不意打ちを受けたキアは、顔に付いた黒灰を拭い前方に視線を向けると。
そこにはすでにメティアとミーシェルが迫っており。
「【風精の刃】!」
「【超刃爪術】!」
二人は同時に追撃をキアに浴びせた。
が、瞬時に斧で急所を防いだ為致命傷にはならず。
「そのような攻撃でワタクシを追い詰められると?」
「ああ、思ってるね」
メティアはそう返すと同時に、ミーシェルと共に後退。
釣られるようにキアも前進すると……。
彼女が地面を踏んだ瞬間、地中からワイヤーが伸び、彼女を雁字搦めに捕縛する。
「っっ……これは?」
入れ替わるようにノーシスが前に立ち彼女に告げる。
「時限式ミスリルバインド。触れた瞬間超合金のワイヤーが獲物を捕獲する仕掛けになっている。……お前、やっぱり単調だよ。僕がトラップを設置している事に全く気づいていないのだから」
「っっ!」
キアは歯を食いしばり、明確な怒りの表情を向けた。
「こんなもの……ワタクシの力なら!」
と、全身に巻かれたミスリル製のワイヤーを引きちぎろうとした時。
「ほんの数秒でいいんだよ。それだけの時間があれば、君を時空の彼方へ飛ばせるんだから」
フォルトは彼女の前に【空間の扉】を生み出した。
「はっ、まさか……!」
「ああ、さっきの蛇君と一緒に、この世界からご退場願おう」
空間の中は、一切の光が届かぬ深淵の闇。
それはブラックホールのように、凄まじい吸引力でキアを呑み込もうとする。
「いや……またあの場所で……独りぼっちになるのは……嫌っ!!」
全身を拘束され身動きの取れないキアは。
引力のなすがまま、空間の中へ引きずり込まれる。
だがその直前。
「嫌ぁああああああ!!」
彼女は無自覚のまま自身の固有能力、『実在変換』を発動し、目の前の空間を消滅させた。
存在自体を無に変換したのだ。
「なっ……!?」
続けて彼女は、自身を縛るワイヤーも、ミスリルから布製の紐に変換させ、容易く縄を引きちぎる。
「……ああ、そう……忘れていました。ワタクシには、イズリス様から頂いたこの力がある」
ホッと安堵の息を漏らし、そしてキアは一人笑みを浮かべる。
「ふふ、ははは、簡単な事でした。わざわざあなた方の土俵に立つ必要なんて、なかったのですから」
元よりこの場で自分を脅かす者など存在しえないのだと、再確認し。
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