267話 殺戮メイド、キア・リリム フォルトサイド
彼女の名前はキア・リリム。
かつてイズリスと、その従者に仕えていた魔人族の使用人。
イズリスを守護する神兵将官に選ばれなかった彼女ではあるが、その実力は彼らに引けを取らず、純粋な近接戦闘においては一線を画す。
「フォルト様、あなたが葬った神毒の赤蛇は、イズリス様の僕となる神獣でした」
身の丈程ある大斧を握り絞め、今にも薙ぎ振るおうと構えるキア。
「はは、そうかい、それは悪い事をしたねぇ。お詫びにアタシの命でもくれてやろうか?」
「それは最低条件です。元よりあなたを生かすわけはない。欲しいのは体だけ……」
「エッチな事言うじゃないか。同性愛者も嫌いじゃないよ?」
「っっ! 減らず口をっ!!」
途端、キアは斧を振り被り、フォルトを両断しようと襲い掛かると。
「【流動停止】」
フォルトはキアの体に流れる時間を止め、大振りの斬撃から身をかわす。
「さて、次は……」
と、彼女の動きを止めている間に打開策を練ろうとしていた時。
突然、キアの体は再び動き出し、停止していた斧が振り下ろされた。
「なっ……!?」
果てまで大地を割るほどの気の斬撃は、軌道にいたフォルトの体を真っ二つに両断――。
「【時流逆行】!!」
……刹那、フォルトは時を戻す魔法を詠唱し。
自身の体にかかる時間を巻き戻す。
「ぐっ……はぁ、はぁ……」
頭部が断裂する感覚が神経に残り、フォルトは脂汗を発汗させながらその場に崩れた。
わずか一瞬反応が遅れていたら、彼女は声を上げることもなく絶命していた。
魔力消費の激しい時間操作魔法の連続使用に加え、死に直面する感覚から、激しい恐怖心が彼女を襲う。
――デタラメな力だ。これが……数万年の齢を超えた経験の差ってやつかい? アタシも元居た世界じゃとっくにおばあちゃんだってのに……彼女に比べたら赤子にも満たない。
二体の強大な魔物を召喚して尚、余りある魔力を放出し続ける彼女。
さらには、少女さながらの細腕からは想像もつかない腕力。
彼女もまた、オールドワンやハジャと肩を並べる程の実力なのだと、フォルトは相対して思い知った。
「フォルト様、あなたの魔法にはすでに耐性が付きました。もはやワタクシに姑息な手段は通用しません」
「そうかい……どうりで停止時間が短かったわけだ。こんな未来……いや、そもそも君がこの世界にいる事自体イレギュラーだよ」
「これも、あなたが未来を変えようとした結果なのかもしれません。あなたに守りたい未来があるように、ワタクシにも叶えたい夢がございます」
言いながら、キアはフォルトの首元に刃を突き付ける。
「どちらが実現するかは時の運なれど、神を信仰せし者に導きがあるのは必然。我らが敬愛するイズリス様は、必ずやワタクシ達に勝利をお納め下さるでしょう」
「偽りの神を妄信するカルト教団みたいな事言うんじゃないよ。多くの命を犠牲にして成り立つ世界に、何の価値もない!」
キアは反論する。
「しかし、それは今も同じこと。生まれながらに地位を決められ、理不尽に生き方を強要される。人の欲望が弱者を踏み台にし、格差は広がり尊厳は淘汰される」
何度も自己肯定する。
「数百と点在する世界はそのような愚物ばかりです。ならば一度、すべての世界を浄化し作り変えねばなりません。それがイズリス様のご意思……人々の救済でございます」
しかしそれはフォルトとは違う考えで、決して相容れない思想である。
「まるで脚本の書き直すような話だ……。ならこれは、より良いシナリオを完成させる為のブラッシュアップかい? けどね、今ある世界もそこに生きる人々も、すべてが現実だ。潰しの利かない尊い命なんだよ。それを奪おうってんなら……」
そう言うと、後ろに控えていたノーシスとメティアは武器を握り、同時にキアへ刃を振るう。
「っっ!」
キアは後退しながら反撃のタイミングを計るが。
間髪入れずに、ノーシスは片手に持った拳銃でキアに弾丸を数発撃ち込んだ。
それは対象物に触れると発破する爆裂弾であり。
武器で直撃を防ぐも、爆発による反動でキアの体は吹き飛ばされた。
「……小賢しい、魔道具ですか」
硝煙を振り払い、静かな怒りを露わにするキアに、フォルトは言い放つ。
「アタシは道連れにしてでも君を止めてみせるよ。覚悟はとうの昔に決まってるんだ」
かつての英雄が残した希望を、後世に繋げる為に。
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