261話 しんがりを担う者たち
地上で災害級の魔物に抗うショウヤ達ーーその遥か上空で。
まもなくポロ達が『エドゥルアンキ』へ到着しようとしていた頃。
入り口の庭園でポツンと、キアはポロ達の魔導飛行船を見つめる。
「……来ましたね」
彼らが近づくや否や、彼女は目を閉じイメージを膨らませ。
魔物を生み出す具現化魔法を唱えた。
「【幻像顕現・神毒の赤蛇】」
詠唱と共に彼女の前に現れたのは、翼の生えた赤き大蛇。
かつてイズリスが決戦用に生み出そうとした、神に仇なす毒牙。
「サマエル、彼らの元へワタクシを連れて行って」
そう言うと、赤き大蛇は彼女に騎乗させようと、そっと地に伏し背を寄せる。
「良い子……、では参りましょう」
キアが優しくその背を叩くと、サマエルは翼を翻し、蛇行しながら魔導飛行船へ接近した。
丁度その頃、遠眼鏡で前方を窺うメティアは。
「待って、何かが近づいてくる!」
浮遊する岩礁を避けながら運転するポロとノーシスに魔物接近状況を伝える。
「あれは……大空蛇? にしては大きすぎる……とにかく注意して」
と、皆が前方から迫るサマエルに警戒していると。
突然、全員の頭の中に念話が飛んできた。
『お待ちしておりました、転生者の皆様方。これより大司教の元へご案内致します』
有無を言わさず襲い掛かるという様子ではなく、淡々とした声ながらも、キアはうやうやしく彼らを招く。
そんな彼女にフォルトは尋ねた。
「アタシらはオールドワンを止めにきた敵同士だよ? 歓迎されるような覚えはないけど?」
『あなた方にはまだ使命が残っておられます。イズリス様直属の神兵将官、その方々の依り代となる為に』
キアの言う神兵将官とはオールドワン、そしてハジャと同じく、イズリス直近の部下を指している。
そして転生者達は、彼らの新たな器となる為にハジャに召喚されたのだと、フォルトは未来予知を通してオールドワンから情報を入手していた。
『補足致しますと、転生者以外の方は必要としていないので、武力行使に出る前にご退場して頂くと助かります』
そこで、ようやくキアは敵対意志を皆に示す。
転生者は利用価値がある為必要だが、他のメンバーは邪魔でしかなく、殺されたくなければ出ていけと言っているようで。
フォルトはやれやれと、かぶりを振りながら彼女を否定する。
「ここにいる誰一人、君の言葉を聞く者はいない。言う通りにしなきゃ通さないってんなら、無理やりにでも突入するよ」
『甚だ不届き、でございます』
フォルトの言葉に不満を露わにしたキアは。
『サマエル、飛行船を破壊しなさい』
サマエルに命令を出し、突如その蛇の口から高出力の魔弾が放たれる。
「ポロ君」
「うん!」
すると、ノーシスはポロに指示を出し、前方から来る魔弾に向けて迎撃用ミサイルを数発飛ばし相殺。
その間にノーシスは飛行船を急速に横移動させ、サマエルを振り切り遺跡へ突っ込もうとするが。
『させません』
途端、サマエルは魔導飛行船の機体にグルグルと体を巻き付け、身動きを封じる。
「ちっ、操作が効かない」
「後ろから機体に張り付いてるせいで武器も当たらないなぁ……。僕が外で戦ってこようか?」
ポロが言うと、「待つんだ」とフォルトは静止を促す。
「これはおそらく時間稼ぎだよ。オールドワンの準備が整うまでのね。だからいちいち相手にしている暇はない」
「でも、このままじゃ機体が壊されちゃうよ?」
すると、フォルトは「大丈夫」と一言。
「ポロちゃん、この船ごと空間移動してくれるかい? そうすれば一度あの蛇から機体を引き離せる」
「出来るけど……そんなに遠くまで距離は稼げないよ?」
「いいんだ、一瞬で。その後はアタシに任せなさい」
言われるがまま、ポロは甲板に乗り出し空間魔法を唱える。
「【次元突破】」
ポロの魔法により、彼らは魔導飛行船ごと瞬間的に消え。
およそ一キロ離れた先で再び姿を見せる。
飛行距離からするとわずかな差ではあるが、一瞬機体ごと空間転移したことにより、絡みついていたサマエルを剥がすことに成功した。
そのタイミングで、フォルトは後方にいるキアとサマエルに向けて強い光を放った。
「【流動停止】」
それは対象物の時を止め、一定時間行動を制御される代わりに、こちら側の攻撃も一切受け付けなくなる、完全に時間の概念を遮断する魔法である。
「あまり長くはもたないけど、これで着陸するだけの時間は稼げるだろ?」
ポロとフォルトの空間魔法により敵を振り切る事が出来た一行は、周囲の岩礁を躱しながら、遺跡の入り口付近に飛行船を着陸させた。
早急に皆が遺跡の内部へ向かう中、フォルトはキアのほうを見たまま動かず。
「君達は先に行ってくれるかい? アタシはあれを足止めしなきゃならない」
そう言って、遺跡の前で腕を組み構えた。
「フォルトさん……けど」
「なぁに? ルピナスちゃん、めずらしく心配とかしてるのかい?」
ニコリと笑うフォルトに、ルピナスは無言で俯く。
「大丈夫さ、アタシは時の魔女様だよ? あれくらい簡単にやっつけて、皆の帰路を確保してあげるさ。だから君は、早く親友と可愛い後輩を助けてあげるんだ」
今しがたキアと共に時を止めている魔物は、先の黙示録の獣と同等に強大な力を有している。
故に、おそらくまともに戦えるのはポロのみだと予想して。
しかし、今ここで時間を消費するわけにはいかず、皆を先に行かせなければならない。
フォルトはここで命を捨ててでも敵の足止めをしようと、しんがりを買って出たのだった。
「さあ、早く行って、オールドワンを止めておくれ」
フォルトが言うと、突然ノーシスは停止させた飛行船を再び起動させた。
「ノーシス?」
小首を傾げながら問うポロに。
「魔導飛行船と同じ体躯をしているのなら、こいつで迎撃したほうが効率は良い。こんな遮蔽物の無い場所に停めて、あの蛇に機体を壊されでもしたら、帰る手段を失うだろう?」
ノーシスもまた、フォルトと共にこの場に残り、キアと戦う決意を示す。
すると、メティアも思い立ったように乗降口に戻り。
「なら、飛行士が二人いたほうが戦いやすいでしょ? 私も残るよ」
ノーシスと肩を並べ、補助席へと立った。
「無理に残らなくてもいいんだぞ?」
「違うよ。どうせ私がいたってお荷物になりそうだし、それに……ポロにはもう、保護者は必要ないしね」
心配など、もはやポロの足枷にしかならないと判断したメティアは、ポロに笑みを浮かべて手を振った。
「だからポロ、後の事、お願いしていい?」
ポロはそんな彼女に、憂いを帯びた目で見つめながら頷き。
彼の隣にいたミーシェルは、キョロキョロと交互を見ながら。
「ご主人……ミーシェは……」
どちらも大切であり、どちらも守りたいと迷いながら判断を決めかねていた。
するとポロはミーシェルを抱きかかえ告げる。
「ミーちゃん、メティアを守ってあげて。僕はもう大丈夫だから」
強く抱擁したのち、彼女をメティアの元へ向かわせた。
「ご主人……分かったニャ。ご主人の帰る場所は、メティアと一緒に守るから、必ず帰ってくるニャ」
ポロは頷き、そして残るみんなに言葉を残す。
「メティア、ノーシス、フォルトさんも、どうか無事でいて」
各々も一言添えてポロに返すと。
ふと、バルタはノーシスを見やり。
「ノーシス、世界に革命を起こす為には、まだお前の力が必要だ」
「バルタ……」
「俺も必ずナナを連れて戻る。だから、絶対死ぬんじゃねえぞ」
反社会組織のリーダーとして、バルタは命令する。
仲間である以上、勝手に死ぬ事は許さないと。
「……ええ、善処しますよ」
対してノーシスはいつも通りの答えでバルタに返し。
一同は、互いに背を向け、それぞれの戦場へ向かった。
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