259話 偽神との戯言 ショウヤサイド
この世界に転生してからずっと、頭の中で囁くのだ。
『ショウヤ、戻りなさい。あなたが向かう場所はここではないわ』
それは神を名乗る、支配者の声。
『ショウヤ、あなたは彼らと共に『エドゥルアンキ』へ向かいなさい。皆あなたの力が必要なはずよ』
転生したばかりの頃は、これ程まではっきりと聞こえはしなかった。
断片的で、チグハグで、会話とも取れないか細い声。
世界のあらゆる知識を与える代わりに、必要ない事まで教えてくる面倒な女の声。
その程度にしか思っていなかった。
『このままでは無駄死によ。あなたの力じゃ黙示録の獣には敵わない』
欲しい力だけ与えてもらい、余計な時は念話遮断の魔法で黙らせる。
どうせ向こうも自分を利用しようとしている。ならばこちらも好きに使わせてもらおうと、イズリスの声に反抗心を見せていた。
『あなたには他にやるべき事があるわ。だから戻るの。戻って『エドゥルアンキ』の核へ向かいなさい』
しかし最近になって、ショウヤ自身の能力が成長した頃、この声はより鮮明に、よりはっきりと、自分に訴えてくるようになった。
『そうしたら、あなたの願いを何でも叶えてあげる』
寄り添うように、誘うように、頭の中で囁くのだ。
『寿命で老いて朽ちるまで、あの子と添い遂げたいのでしょう?』
甘言を武器に、ほだしてくるのだ。
どれだけ彼女の言葉を遮断しようとしても、もはやこちらにその権限はなく。
呪いのように、好き放題自分の頭に語り続ける。
「いい加減黙ってろよ。なんで俺がお前の言う通りに動かなきゃなんねえんだ?」
ショウヤにとって、それが最も腹立たしいのだ。
「俺はもう決めたんだ。自分の手の届く範疇で、守りたいもん守るって」
腹立たしいが故に、彼女の望む通りにはさせないと、そう決めた。
と、そんな時。
『そう、残念だわ。せっかくシャロムのお気に入りだから贔屓にしてあげたのに』
「あっ?」
イズリスはふと、意味深にショウヤへ返した。
「誰だよ、シャロムって」
『あなたが使ってる固有能力の、前の持ち主』
と、軽く笑いながら言うのだ。
「……フォルトさんから聞いた事がある。転生者の固有能力は前の持ち主がいて、それはオールドワンやハジャと同じく、かつてのお前の部下だって。その言い方だと、シャロムって奴はまだ生きていて、オールドワンに与しているって事か?」
尋ねるショウヤに、イズリスはクスクスと笑い。
『いいえ、多分逆よ』
ショウヤの問いを嘲笑するように否定する。
「逆って?」
『私のいる奈落に、あの子の気配はない。なら魂は現存しているのでしょう。けど、あなたに『神言獲得術』が渡ったということは、あの子はこの能力を手放した。つまりは天上界の住人に懐柔されたか、あるいは奴隷のようにこき使われているか……どちらにせよ、私の敵に回ったと見るのが正しいわね』
と、考察しながら。
『おそらく私に対抗する手段として、あなたにその力を与えたのかもね、意図的に』
まるで他人事のように自らの仮説を喜んでいる口ぶりだった。
「ずいぶん余裕だな。お前の話が本当なら、お前は部下に裏切られたって事だろう?」
『永く暗闇の底にいるとね、こういう些細な問題も娯楽に思えてくるものよ。今はあなたという話し相手もいるしね』
「こっちはいい迷惑だけどな」
『邪険にしないでよ、何度も助けてあげたでしょ?』
「お前がこの世界に干渉しないなら感謝の一つもくれてやるところだけど、そういうわけにもいかないんだろ?」
『ええ、私の可愛い部下達が、健気にも私の復活を望んでいるからね』
「なら俺もお前の敵だ。あの化け物も倒すし、オールドワンもぶっ潰す」
はっきりと、ショウヤはイズリスに戦線布告をした。
彼女は依然として口調は変わらず、『そう』とだけ返し。
『まぁ、あなたが来なくても復活する事は可能だからいいけれど、ところであなた、自分の事は気にならないの?』
と、再び意味深にショウヤに告げる。
「……どういう意味だ?」
『あなた、前の世界でどうして死んだか覚えてないんでしょ?』
「それが、何だよ」
不安気に問うショウヤに、イズリスは意地悪気に返す。
『この世界であなたはだけは、ハジャに召喚された転生者ではない。小賢しい上の住人が送り込んだ、哀れな捨て石だと予想しているわ』
「…………」
デタラメな仮説、いつも通りの煽り。
そう言い聞かせるショウヤだが、その時彼は言葉に詰まった。
イズリスの予想と同じく、自分の経緯についても、確固たる自信がないからだ。
『動揺してるのバレバレよ。そんなメンタルでマスターテリオンと戦えるの?』
「……お前が執拗に煽ってくるからだろ」
『ふふ、そうね。だって私達、敵同士だもの』
先程の意趣返しと言わんばかりに『敵』と強調し。
『ショウヤ、続きはマスターテリオンから生き延びた後にしてあげる。せいぜい足掻いてみなさい』
その言葉と共に、イズリスからの声は聞こえなくなった。
「……くそ、好き勝手言いやがって!」
ショウヤは気を紛らすように、飛行スピードを上げグリーフィル平原へ急いだ。
転生した意味など知らず、どうして死んだのかも覚えてない。
けれど自分が生まれたことに何かしらの意味があって、それが世界の為になるならば。
ライラが生きる場所になるならば。
それだけで自分が生きる理由になるからと、ショウヤは誰に言い聞かせるでもなく、胸の内で自己肯定した。
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