258話 突入直前の、ショウヤの離脱
ここはグリーフィル領の片隅、大陸の端にある森林の中。
一機の魔導飛行船は発信準備を開始した。
「おいでなすったよ、『エドゥルアンキ』が」
フォルトは布で覆った瞳から懐中時計を覗き。
「予測した未来よりもだいぶ早い。やはり見たままの通りにはいかないか」
と、予想と違う事実に息を吐きながら。
「けど不確定な未来だからこそ、好転の隙がある。行こうじゃないか、世界を救いに」
彼女の言葉が合図となって、ノーシスは魔導飛行船を発信させた。
今は戦争の真っ最中である為、許可の無い他国の飛行船がグリーフィルに停泊する事は出来ない。
ましてやポロ達の乗る機体は無国籍。名目上、どこにも属さない違法の船。どのみち如何なる国からも停泊の許可など下りない。
だからこそ、彼らは『海峡の裂け目』近辺の森林に船を隠し、時を待っていた。
今なら合戦に人手を集中させており、たった一機の飛行船がグリーフィル領に入国しようと、いちいち取り締まる余裕もない。
こうして彼らは誰にも見つかる事無く身をひそめる事が出来たのだった。
初動早く離陸した魔導飛行船は、彼方に見える遺跡に向けて真っ直ぐ飛行する。
「うわ~、さすがに速いね。僕達の船とは馬力が違うよ」
と、ノーシスの隣で操縦の助手を務めるポロは純粋な驚きを見せた。
「君達の船は貨物輸送用だろ? そりゃ戦闘機とは比べ物にならないさ。けどまあ、たしかに最新の船なだけある。性能はフリングホルン随一だと思うよ」
「ふぇ~、ギルド長、奮発してくれたね。あまり乗り気じゃなかったのに」
これもギルド長の激励なのだとノーシスは思い。
「……そうだね」
誰にも言わず、心の内に閉まった。
そして、魔導飛行船はわずか十分足らずの飛行で目的の場所まで接近した。
だが……。
「ポロ、前方に物凄い数の『浮遊石』が進路を塞いでるよ。どうする?」
見張り役のメティアが呼び掛け、ポロとノーシスもモニターをズームさせ、前方の螺旋状に浮遊した岩礁に目を向ける。
「う~ん、ノーシス、多分相手にバレると思うけど、あの岩の群れに電磁砲撃っていい?」
「遅かれ早かれ僕達の存在は知られる。好きにしなよ」
と、ノーシスに許可を取り、ポロは進路妨害する岩礁に、機体備え付けの電磁砲を放った。
木っ端微塵に砕ける岩礁の間を、寸分の狂いなくノーシスは躱し、前へと進んでゆく。
「すごい、あの二人……岩を破壊するタイミングと、飛散した残骸を避けながら飛行するタイミングがピッタリ」
次々と邪魔する岩礁を的確に回避する二人の操作技術に、メティアは呆気に取られたように関心していた。
このまま押し切り侵入する。その時だった。
「ねえ、下見て!」
ふと、リミナが海面を指差した。
皆の目に映ったのは、キアが生み出した異形の化け物、黙示録の獣。
それは真っ直ぐグリーフィル領の平野、国同士の合戦が行われている場所へ向かっていた。
「何、あのデカいの……群衆に突っ込もうとしてるんですけど」
そして、七つの頭部を持つマスターテリオンは、その一体の口から巨大な魔弾を放った。
その一撃は凄まじく、密集した群衆の中に撃ち込まれた途端、轟く爆発音と共に巨大な爆風を生み、およそ数万人の命が瞬く間に消し飛んだ。
「レオテルス! それに皆も……」
サイカは身を乗り出してその光景を凝視した。
連合国の中には当然セシルグニムの兵も加わっており、今の一撃で一体何人の仲間が死んだのか、サイカは心を痛めた。
動揺する精神の中、フォルトはサイカに告げる。
「サイカちゃん、酷な事を言うようだけど、ここまで来たら後には戻れないよ。どのみちこの場所から降りる事は不可能だけど」
「……分かっている。元より覚悟はしていた」
だが、『原初の魔物』にも引けを取らぬ巨体の魔物が現れるなど、予想はしていなかった。
「くっ……!」
海面を走るマスターテリオンが陸に立つと、まるでネズミを狩る猫の如く、群衆に突進しながら人を食い散らかす。
じゃれるという行為にも似た暴れっぷりを見せていた。
その無邪気な殺戮を繰り返す化け物に、仲間を食い殺しているかも知れない化け物に。
何も出来ない自分が悔しくて、サイカはギュッと拳を握り絞める。
――どうか、無事でいてくれ。
そう願っていると。
「悪いフォルトさん、ちょっとだけ道草食っていいか?」
突然ショウヤが言い出した。
「ショウヤ君……まさか」
「うん、あいつぶっ倒してくる」
フォルトの意向に逆らい、ショウヤは戦線から一時離脱を決意する。
「俺なら空飛んでここに戻って来れるし、セシルグニムには迷惑かけたからさ。少しでも罪滅ぼしがしたいんだ」
「けれど、君一人が行ったところでどうにかなる相手だと思うかい?」
「分かんねえけどさ、でも、見たくないんだ。これ以上多くの人が死んでゆく光景を」
言いながら、ショウヤは甲板のほうへと足を運ぶ。
「必ず戻ってくるよ。俺もオールドワンをぶっ飛ばした気持ちは同じだから」
手を振りながら甲板への扉に手をかけると。
サイカは立ち上がり、深く頭を下げた。
「ショウヤ……どうか、皆を守ってくれ」
サイカに対して堅物そうなイメージを持っていたショウヤは、目を丸くしながら。
小さく笑った。
「ああ、任せろ!」
そしてショウヤは操縦席にいるポロと視線を合わせ。
「あとでな」
「うん」
互いに思いを理解し合い。
そしてショウヤは、甲板から勢いよく飛び降りた。
「【聖戦武器召喚】!」
神器を操りながら、巨大な大剣に足をかけ、サーフボードのようにして飛び去っていった。
世界が崩壊するよりも先に、数百万の命が潰える。
そんな未来をショウヤは崩したかった。
簡単に命が奪われるこの世界で、自分に守る力があるならば、出来る限りを守りたい。
親しい誰かが死んでゆく光景は、二度と見たくない。
そう思い、彼は巨大な魔獣の元へと急いだ。
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