257話 困惑する戦場 レオテルスサイド
オールドワンとキアが遺跡へ向かう頃。
グリーフィル領の平原では、すでに国同士の戦いが勃発していた。
連合国側にいるレオテルスは、しばしその戦況を眺めていると。
「……敵の数が少なすぎるな」
そう呟いた。
「お主も気づいたか、レオテルス殿」
彼の独り言に、隣にいた他国の騎士団長もその違和感に同調する。
「バロン団長……」
「見るに明らかだ。こちらは六ヵ国の軍隊を引き連れているが故、多少数の有利はあろう。だが、グリーフィル側もその事は承知のはず。何の対策もせず、ましてや降伏の白旗も揚げんのは不自然だ」
世界最大の武力国家とはいえ、一つの国に所属する兵の数には限界がある。
魔導生物の生産量が最も多い国ではあるが、全機投入したところで、連合国との兵力差は歴然。
およそ四分の一程度しか満たない数で、如何にして勝つつもりなのか。
二人は疑問に思う。
「それにな、これまでのグリーフィルの攻め方とも違い、真っ向から進行するだけの捻りの無い戦略だ。守備もてんでバラバラ……これなら我が国だけでも十分だぞ」
「オルドマンがいない所為でしょう。うちの副団長から聞きました。奴は今、別の目的で離れた場所にいると」
サイカ達からの情報で、オールドワンの不在とハジャの死亡は元より知っていた。
「ふむ、指揮を執る者が変わると、こうも戦況が傾くものか……。敵ながら同情する」
ならば尚更、この戦争を続ける意味はあるのかレオテルスは気になり。
すると、彼は思い立ったように、自分の相棒である飛竜にまたがり。
「バロン団長、この場を任せてよろしいか?」
言いながら、レオテルスは戦場の中心地に向かおうとする。
「おい、騎士団長自ら前線に向かうつもりか? お主はセシルグニムの大将だろう?」
「私がいなくても、我が国の兵は皆優秀ですよ」
笑みを浮かべながら、その老騎士に後の指揮を託すと。
「お待ち下さい、レオテルス殿。私も同行しても?」
二人の会話を聞いていた女性、テティシア国騎士団長、ミュレイヤが同行を申し出た。
「ミュレイヤ殿……」
「あなたの剣を、この目で拝見させて頂きたいのです。以前サイカ殿と剣を交えた際、あなたの事を良く言っておられましたので」
レオテルスは肩をすくませ、軽く頷いた。
「乗るか?」
「いいえ、お邪魔にならないよう、自分の翼で飛びます」
そう言って、ミュレイヤは歌鳥人特有の薄虹色の翼をはためかせ、高く上昇した。
「……美しい」
天空に輝く虹の翼に一瞬目を奪われながら、レオテルスも彼女の後に続いて飛び立った。
上空から地上の様子を見ると、すでに連合軍はグリーフィル軍を取り囲み、日をまたがずの早期決着がつきそうな勢いである。
「これだけ劣勢を強いられているのに、未だ向こうは降伏する気がないようですね」
「ああ、士気も下がっているようだ。軍人としてのプライドか、あるいは……」
そうレオテルスが言いかけた時。
ふと、二人は同時に、地平線から昇る日の光を遮る物体を目撃した。
「あれは……何ですか?」
「…………」
二人が見たものは、オールドワンが起動させた遺跡、『エドゥルアンキ』である。
――にわかには信じられなかったが……サイカの言った通りだ。
合戦が始まる日と重なり、世界終焉のカウントダウンが始まる。
サイカもバルタもノーシスも、皆あの場所に向かっているのだと思い。
この不毛な戦いを一刻も早く終わらせ、彼らの援軍に向かおうと考えていた。
その時。
「っっ!?」
レオテルスは驚愕した。
彼方に見える『エドゥルアンキ』の真下から、突如として異形の化け物が姿を現したからだ。
レオテルスに続いてミュレイヤもその巨大なナニカを捉えると、焦りからか無意識に声が漏れた。
「あ……あれ、は……」
「『原初の魔物』? だが、あんな奴見たことがない。それに……」
と、レオテルスは息を呑む。
七つの獅子の顔をしたその獣は、真っ直ぐ彼らの元へ近づいてきたのだ。
「まさか……私達のところに?」
「くっ!」
途端、レオテルスは急降下し、地上にいる兵士達の元へ接近した。
「全員、武器を下げ撤退しろ! 巨大な魔物がこちらに迫ってきている。死にたくなければ今すぐ撤退しろ!」
と、中心地で叫ぶレオテルスだが、これだけ密集し、命の取り合いをしている彼らにその声は届かず。
「馬鹿がっ!」
すると、レオテルスは群衆の中に突っ込み、刃を交えていた双方を押し倒した。
「ぐあっ……レオテルス団長?」
「今すぐここから離れろ! 命令だ!」
「し、しかし……」
と、あたふたする味方の兵士を説得していると。
突如、レオテルスの背後から敵兵が剣を振り下ろす。
「死ねえええ!」
だが、レオテルスは目で追わずとも、後ろを向いたまま剣を抜き、その斬撃を受け止めた。
「なっ……!」
「お前達もだ、グリーフィル軍。『原初の魔物』級の魔物がこちらに迫ってきている。今すぐ撤退しろ!」
「何だと……」
「どのみち勝敗は決まっているだろ。お前達の戦力で、ここから覆せると思っているのか?」
どう頑張ってもここからの逆転はない。そう現実を突き付けるレオテルスだが。
「それは……出来ない……」
「何?」
敵兵は震えながら訴える。
「俺達がここから逃げる事は許されないんだ。オルドマン大司教に、家族を人質に取られているから……」
それはイズリスの記した聖典から引用した、呪いの呪文。
兵士の家族、親友、大事なもの……。彼らが戦場から離脱した瞬間に発動し、その全てに死の呪いをかける、非道なる魔法。
オールドワンは命の選別をする為、手始めとして、この場にいる全員を根絶やしにするつもりであった。
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