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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
最終章 星の楽園、偽神に抗う反逆者編
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255話 パペッティアとパペット


 ここはフリングホルンのとある宿屋。


 一応『宿屋』という括りになってはいるが、中は飛行船の仮眠室を改装しただけの質素な間取りな為、あまり高級感を感じられる造りではない。


 そんな機械的な内装の一室で、タロスの元へアンクロッサが現れた。


「やあ、タロス。フィアンセがお見舞いに来たよ」


 彼女の言葉をスルーしながら、タロスは無言で入口を見つめた。


「相変わらず冗談が通じないんだね、君は。……それに、またずいぶんと無茶をしたじゃないか」


 アンクロッサはタロスの半身を見ながら、溜息混じりに言う。


「これでも君のボディーは丹精込めて作った特別製だよ。ボクの努力が台無しじゃないか」


『……すまない』


 などと意地悪気に言いながら、失った下半身の断面を優しく撫でる。


「ねえタロス、これでもボクは君を心配しているんだ。今でこそ人形の体だけど、これがもし生身の体なら、君はとっくに死んでいる」


『反省はしている』


「何が君を突き動かしたんだい?」


 タロスは数秒の間を置いた後。


『俺の、かつての主人の娘に出会った。それに共に仕えていた元同僚にもな』


「えっ!」


『冥界の谷底』での出来事を話すと、アンクロッサは信じられないという表情で聞き返す。


「昔、オルドマンがエルメル嬢の死体を持ち去る現場を目撃したけど……本当に彼女だったのかい?」


『分からん。俺には過去の記憶があまりないからな』


 タロスの言葉に、アンクロッサは軽く俯いた。

 己の未熟な霊魂転移術のせいで、彼の記憶に支障が出てしまったのだと、今に至るまで後悔していたからだ。


「そうだったね……」


『だが、元同僚の娘が本気で彼女を助けようとしていた。ならば俺に記憶は無くとも、俺が二人を守るのは義務だ。故に、彼女の信念に応えようと思った』


 そう言うと、アンクロッサはタロスに顔を近づけ、彼の額に口づけをした。


「そうか、偉いよ君は。体の製作者たるボクも誇りに思う」


 優し気に微笑みながら、タロスの頭を撫でる彼女。


 と、その時。


 突然部屋の扉が開かれたかと思うと、外からルピナスが入ってきた。


「……あ、あの、私」


 だが入った瞬間に映る二人の親密な空気感に、第一声に発する言葉を忘れてしまった。

 そんな彼女を見据えるアンクロッサは、思い出したように目を見開きパチンと手を叩く。


「ああ、君は……以前ボクの店に来たことがあったね。名前はたしか、ユーカちゃん。へえ~、あのちっちゃかったメイドさんが、ずいぶん大人びたものだ」


 十年以上も前の自分を覚えていたアンクロッサに驚きながら、低姿勢で挨拶を交わすルピナス。


「……お久しぶりです。アンクロッサさん」


 アンクロッサは彼女の瞳を見ながら、「そうか……」と悟ったように頷く。


「タロスの言っていた元同僚とは君の事だね。……あの頃と比べてだいぶ眼の色が変わったよ。きっかけは、アンセッタの屋敷を襲撃されたあの日から? オルドマンに何か吹き込まれていたみたいだったけど」


 彼女は一部始終を見ていた。自身が操る人形達を通して。ルピナスがあの日、何をされ、どこに向かったのかも。


「何というか……、幾つもの死線を潜ってきた戦士の眼をしている。まるで君の人生を垣間見ているようだ」


 見透かされそうになるルピナスは無意識に視線を逸らし。

 そんな事はどうでもいいと言わんばかりに彼女に問う。


「あの……タロスは、治るんですか?」


「心配してくれているのかい?」


 質問に質問で返すアンクロッサに、照れ隠しで「別に……」と呟くルピナス。


「大丈夫、タロスの体はボクが必ず修復させるよ。あの頃の未熟なボクじゃない。一片の狂いもなく完璧に仕上げるさ」


 自信を持って告げる彼女に、ルピナスは表情を隠しながら安堵した。


 そして、落ち着いた様子を見せながらルピナスはタロスに報告する。


「タロス、今回の作戦に、あなたはメンバーから除外されたわ。療養も兼ねて、あなたの船長がそう判断したの」


『そうか』


「だから、その……あなたは安全な場所で、アンクロッサさんと一緒に、みんなの無事を祈っててちょうだい」


「それじゃ」と、不器用な気遣いを見せながらルピナスが去ろうとすると。


『悪いがそれは出来ない』


 タロスは無機質に彼女の言葉を否定した。


「はあ?」


『お前達が世界の命運を賭けた戦いに向かう中、俺だけ寝ているわけにはいかない。前線を離れようとも、俺に出来ることはまだある』


 すると、アンクロッサも言葉の意味を理解したように、彼を代弁して告げた。


「近々迫る各国の争いに、今回一番被害を受けるのはグリーフィルの一般市民だ。国同士のいざこざに、何の罪もない命が奪われるのは、たしかに良い気分じゃないね」


『ああ、それにオルドマン自身、彼らに害を成さぬとは限らん。お前達が無事に帰ってくるまで、俺はグリーフィルで市民を守るつもりだ』


 タロスは勿論、事情をよく知らないアンクロッサまでもが、オールドワンの企みを阻止しようと陰で支援する。


 フォルトは言った。『敵が籠城するだけとは限らない』と。


 未来を見通す彼女が言うにはきっと理由があり、そして今彼らの選択も、何か意味があるのだと思ったルピナスは、二人の意志を尊重するように「分かった」と返した。


「私はこれからフォルトさんのところに戻って準備をするから……その、また会いましょう」


 そう言って、ルピナスは別れた。


 この戦いが終わったら、エルメルとナナを連れて二人の元へ帰ると誓い。





 そして、これは彼女の些細な願い。


 皆が無事に生きて戻ったら、エルメルとナナ、そしてタロスとアンクロッサも一緒に。


 もう一度あの頃の、友のような家族のような関係を築いて、皆で末永く暮らしたいと。


 ようやく今の人生に希望を見出した彼女は、そんな夢を思い描いた。





ご覧頂き有難うございます。


次回から最終決戦が始まります。宜しければ最後までご覧下さい。

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