253話 天国からのメッセージ
突如ポロの前に現れた二人の男女。
正体不明の彼らを不思議に思いつつ、突如男から渡された二輪の木製のリングに顔を近づけ見つめていると。
微かに鼻孔をくすぐる匂いが漂い、ポロはハッとした。
――クル姉の匂いだ……でも、なんで?
そんな疑問を抱いていると。
「それは多分、世界中どこを探しても同じものはない、唯一無二の武器だ。大事に使ってくれよ。それじゃ……」
早々に二人はポロの前から去ろうとする。
「待って、お兄さん達は一体何者なの?」
そんな二人にポロは尋ねると。
「私はリジェラ・スクルド。この度は地上の調査の一環で天上界……むぐっ!」
凛とした態度で正直に話す女性に、男は焦ったようにその口を塞いだ。
「もがっ……いきなり何をする!?」
「いいからちょっと来い!」
と、女性に怒鳴りながら、ポロに背を向け小声でたしなめる。
「俺達は必要以上に身元をバラしちゃいけねえんだよ。お前の尻ぬぐいを含めて、全責任はこの世界の調査を任された俺が被るんだよ。分かったら大人しくしてろ」
「ああ、そうだった……すまない」
ごにょごにょと話す二人だが、聴覚の優れたポロの犬耳の前では筒抜けだった。
――この人達……もしかして。
何かを察したポロだが。
「え~っと、俺はレリク、旅の冒険者だ。君に『ミストルティン』を渡したのは、君達が世界滅亡の危機を回避しようとしてるって話を、ある筋から聞いたからだ。これはその選別だよ」
問い質す前に、レリクと名乗る男ははぐらかすように話を進め、その場をやり過ごそうとしている素振りを見せる。
「訳あって、俺達はその戦いに介入出来ない。だからせめて肩を貸すくらいはしたいって、俺の知り合いから頼まれたんだ」
そこでポロは、レリクに尋ねた。
「その情報を知っている人って、だいぶ限られてくるんだけど、誰に頼まれたの?」
「え? それは…………」
意地悪気に問うポロは、男の反応を見て質問を変えた。
「じゃあそれはいいや。代わりにもう一つ質問なんだけど、お兄さん達は、クルアって猫型獣人の女性を知ってますか?」
「…………」
二人はその問いに、沈黙で答えた。
思いの外、勘の鋭いポロに焦ったせいもある。
「六年前に亡くなった、義理の姉なんです。優しくて、明るくて、人懐っこい。僕の大好きな、自慢の姉でした」
「そっか……」
尚も続けるポロに。
レリクは頭を掻きながら、申し訳なさそうに答えた。
「悪いがその質問には答えられない。そういう決まりなんだ」
何となく理解していたポロだが、男は「だけど」と話を続ける。
「だけどさ……君の姉が、君の言う通りの性格だったら、天国でも意外と楽しくやってると思うぜ」
レリクの言葉を聞いて、ポロは直感で感じ取った。
これは嘘でもはぐらかしでもない、この人の本心だと。
「そこでは残業続きの業務に追われながらも毎日うるさいぐらい明るくてさ、先輩に対してもタメ口で、時に泣きながら自分の仕事の手伝いを頼んでくるお調子者だけど、自分を犠牲にしてでも誰かを守ろうとする強い正義感も持ってるような、どこか憎めない後輩キャラとして可愛がられてるんじゃねえのかな。……分かんないけど」
あくまでも自分の勝手な妄想だと言わんばかりに『分からない』と付け足すが、ポロは彼の言葉を真実だと受け取った。
彼の知り合いがその後輩であると、言葉の中で確信して。
「あとはまぁ……離れていても弟の君を片時も忘れずに、たまに遠くから見守ってると思うよ。……予想だけどな」
嬉しくて泣きだしそうになる気持ちを抑えて。
「それだけ聞ければ十分だよ。有難うございます」
ポロは姉の心境を代弁してくれたレリクに感謝を述べた。
レリクは少し喋り過ぎてしまったと後悔しながらも、微笑を浮かべるポロに「まあいいか」と呟き、後先を考えるのをやめた。
「ポロ、これは知り合いからじゃなく、俺の頼みだ。……この世界を、守ってくれ」
その言葉にポロは静かに頷くと。
彼は満足気に笑みを浮かべ、そして二人はポロの元を去っていった。
神の使いか霊の類か。
彼らが普通の人間ではないことは分かっていたが、ポロは言及しなかった。
彼らが何者であろうとも、世界に害を成す存在でない事は明白であり、そんな彼らの元に姉もいると知ったから。
幸せに暮らしていると、二人を介して姉が教えてくれたから。
気がついた時には彼らの姿はどこにもなく。
ふと、ポロはレリクから渡された二輪のリングを再び鼻に近づけ、スンスンと匂いを嗅いだ。
姉の微かな温もりを感じ、自然と零れる涙をそのままにして。
ご覧頂き有難うございます。
明日、明後日は休載します。
余談ですが、本文に出てきたレリクという男は、私の別作品『世界管理事務局社員の出張クエスト』の主人公として登場していた人物です。
前作に本編との密接な繋がりはありませんが、もし気になったらそちらもご覧下さい。