250話 混迷するグリーフィル オールドワンサイド
グリーフィル城、玉座の間にて。
「おい、オルドマンからはまだ連絡がないのか!?」
焦燥した様子で兵士を怒鳴りつける男。
この国の王である。
「はい……こちらも必死で捜索してはいるのですが……「今しばらく待て」という念話が入ったきり、大司教様からの連絡は途絶えております……」
「おのれ……間もなく大規模な合戦が始まるというのに……軍師としての務めはどうした!?」
玉座に腰を下ろす足は貧乏ゆすりが止まらず。
居ても立ってもいられず兵士に当たる国王。
それもそのはず。これまでの軍事活動は、全てオールドワンが一任していたのだから。
ある程度の行動指針は部下に告げられているものの、どのように兵を配備するかまでは知らされていない。
加えて今回は、セシルグニムを含めた六ヵ国が同時に攻めてくるとの情報も入っている。
本来ならばこの時点で敗北は確実、どうあっても数の力に圧し負ける。
何故このような不利な状況になるまで、グリーフィルは侵略を続けたのか。
それはオールドワンの、相手の動きを完全に把握出来る戦略と、一個人で万の兵隊を壊滅させるハジャの力があったからこそ。
飛び抜けた力を持つ二人がいなければ、個々の兵士の実力は他国と大差ない。
故に、武力国家で独壇場だったグリーフィルは、もはや蛇に睨まれた蛙の如く、ただ滅びを待つのみだった。
「このままでは国が……」
王は頭を抱え、恐怖に身を震わせる。
と、その時だった。
「ずいぶんと怯えているな。国王よ」
なんの連絡もなく、唐突にオールドワンが現れたのだ。
王と周囲の兵士は目を丸くしながら安堵し。
そして同時に、オールドワンへ怒りがこみ上げる。
「オルドマン! 貴様、連絡も寄越さずどこに行っていたのだ! 間もなく連合国と開戦するという一大事に!」
「ああ……」
対してオールドワンは左程興味が無さそうに軽く返し。
「そんな事よりも国王、宝物庫の鍵を貸してもらえないか?」
「そ、そんな事?」
彼の言葉に驚いた王は、理由を問い詰める。
「未だかつてない程の戦争が始まるのだぞ!? そのような時に、宝物庫に一体何の用があるというのだ?」
「あそこには『聖典』の原本があったはずだ。複写した聖書には書かれていない、『エドゥルアンキ』の最深部について記述されている唯一無二の書物。今はそれが必要なのだ」
王は首を傾げた。
「それは……わしも聞いたことがないぞ?」
「私が先々代に頼んで、厳重に保管していた物だからな。小僧の貴様が知らなくて当然だ」
オールドワンの言葉に、さらに王の疑問が深まる。
「ど、どういう事だ? 何故貴様が先々代を知っている。オルドマン……貴様は一体……」
捲し立てるように王は聞き返していると。
「鬱陶しい」
突然、オールドワンは手刀のように手を広げ、王の腹部を深く貫いた。
「っっ!? がっは…………!」
一瞬何が起きたのか分からない王だったが、手首まで差し込まれたオールドワンの手を見やり、口をパクパクさせながら現実を直視する。
「オ、オルド、マン……何を……」
「間もなく世界はイズリス様に統括される。今までこの国を贔屓にしていたが、もはやその必要も無くなったのでな、神の私物を受け取った後は、この国に用はない」
そう言って腹部から手を引き抜くと、王は大量の流血と共にその場に倒れた。
「陛下っ! ……オルドマン大司教、何をなさるのです!?」
慌てて近衛兵が駆け付け医務室に連れて行く中。
残った兵士は、突然のオルドマンの蛮行を問い詰める。
「何てことを……、あなたの目的は――」
そう言いかけた時。
突如後ろから振るわれた刃に、その兵士の首は床に転がり落ちた。
「ひっ、ひぃいいい!」
その視線の先にいた人物を見た他の兵士達は、慌てて部屋を飛び出す。
「ずいぶんと警備の緩いお城ですね」
斬られた男の背後に立っていたのは、魔人族の少女、キアだった。
首を刎ねた大斧を見つめ、「汚い血……」と呟き布で刃先を拭う彼女。
「早かったな、キア。オニキス達には会えたのか?」
キアはその場に跪き、オールドワンに近況報告を告げる。
「オニキス様は現在、ショウヤ様と行動を共にしております。そして、お二方は準備が整い次第、大司教の元へ行くとの事です」
「そうか、ショウヤも一緒にいたか。コルデュークの生体反応の消失から、もしやと思ったが……なるほど、向こうから来てくれるのであれば探す手間も省ける」
「それと、オニキス様と交戦していたクロナ様はこちら側に付くとのこと。只今診療所にて療養中です」
「それは僥倖、彼女は地上の人間にしては高い能力を持っているからな。ならば後で力を与えてやろう。これから神に仕える者になるのだ。役職に相応しい能力が必要だからな」
そう言って、オールドワンは宝物庫のほうへと歩を進めた。
「ついて来なさい、キア。『エドゥルアンキ』を制御する為の聖典が宝物庫にあるのだが、鍵の場所を聞く前に、王に致命傷を与えてしまったのだ」
「かしこまりました。では、宝物庫の鍵を具現化すれば良いのですね?」
「そうだ。お前がいてくれて助かったよ。ハジャが亡くなった今、私の側近を務められるのはお前しかいないからな」
「勿体なきお言葉」
そして二人は凄惨な現場をそのままに、玉座の間から去ってゆく。
彼にとってグリーフィルに一切の情はなく、むしろ、いずれはこうなる未来を予想していた為、成るようになっただけだと、現状をただ憐れむのみ。
これからグリーフィルに起きる合戦など、イズリス復活の前では単なる児戯としか思っていなかった。
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