248話 搔き乱す者の最期
これはコルデュークの過去の記憶。
長年掃除もしていない乱雑な部屋の真ん中で、取り憑かれたようにパソコンの画面に食いつく男がいた。
彼がやっているのは『リアーワールド・クロニクル』という、その界隈では人気のMMORPGであり。
彼が今しがた行っているのは、他プレイヤーに勝負を仕掛け金とアイテムを奪う、いわゆるプレイヤーキラー(PK)という行為。
「くそ、なんだよこいつ、大したアイテム持ってねえじゃねえか」
と、男は画面の先にいるキャラクターに愚痴を漏らす。
彼の生きがいは、ネットゲームで自分より弱いプレイヤーを狩り、実力を誇示する事。
そして自身に向けたアンチコメントにマウントを取る事だった。
「くひひ、今日もアンチが湧いてやがる。弱い奴が悪いんだよカス共」
一人部屋で笑いながら、ネット上の住人達に罵詈雑言を繰り返す。
彼は高校でいじめに遭い、その影響で学校を中退した。
以来、7年もの間引きこもり生活を続けている。
「ひひ……ひ……はぁ……クソつまんねえ」
ふと我に返り、この世の不平等さに無気力になる。
満たされない欲求、社会的劣等感、足並みを揃える事を強要する世間体。
全てが煩わしかった。
――悪いのは俺じゃねえ。俺を標的にして馬鹿にしたあいつらが悪い。助けるどころか、一緒になって俺を笑ったあいつらが悪い。見て見ぬふりをしたあいつらが悪い。何より……あいつらを罰さない社会が悪い!
沸々と、男から不満が漏れる。
その時、扉の向こうから声が聞こえた。
「ヒロちゃん、ご飯置いておくね」
聞こえたのは母の声。
優し気でありながらどこか怯えた雰囲気のする、まるで彼の機嫌を窺うような声だった。
いつもはそれだけ言って部屋の前から離れる母であったが、その日は少し沈黙した後、男に再び尋ねた。
「ねえ、ヒロちゃん、そろそろ外に出ない? お父さんが亡くなってから生活が苦しくて……せめてゲームの課金代だけでも節約してくれると助かるの」
そう言うと、男は近くにあった漫画雑誌を扉に叩き付ける。
「うるせえババア! とっとと消えろ!」
「ご……ごめんなさい」
男の怒号に、母は涙ながらに去っていった。
「ちっ……くそ」
男は舌打ちをしながら扉の先にある夕飯を持ち運び、パソコンの前で怒りのままにかき込んだ。
「くそ……どいつもこいつも……」
愚痴を漏らしながら腹に詰め込み。
食べ終わった食器を再び扉の前に置いた時だった。
突如、体に異変を感じた。
「うっ……あ……」
胸の辺りが苦しく、呼吸が出来ない状態。
やがて全身に強い痺れを起こし、その場に勢いよく倒れると。
その音に気づいた母親はゆっくり彼の元へ向かってきた。
「お……おい、ババア……体が……早く……病院に……」
目の前に立つ母にそう訴えると。
母は戸惑う事無く、ただ涙を流しながら彼に頭を下げた。
「ごめんね、ヒロちゃん。お母さんもう限界なの……本当にごめんね……」
「は……? お、おい……」
男は気づいた。
今しがた食べた夕飯の中に、致死量の毒が含まれていた事に。
――そんな……嘘だろ……こんな死に方……。
動揺するも、もはや彼に正常な思考は働かず。
母親に見捨てられた男は、苦しみながら家の中で息絶えた。
時は戻り、現在。
ショウヤの【隕石召喚】の直撃を受けたコルデュークは、一度肉体ごと消滅したが。
しかし幸か不幸か、コルデュークには【自動復活】が常に付与されており。
破損した肉体が綺麗に蘇る。
だが同時に、先程までの痛みや恐怖までもが深く記憶に残っていた。
「あ……ああ……」
「やっぱ死なねえよな、これくらいじゃ」
ショウヤはそう言うと、尚も魔剣を片手に接近する。
「お前は一生許されない罪を犯した。自分の欲求を満たす為に殺戮を繰り返した。この程度で、償えると思うなよ?」
コルデュークは顔を強張らせながら懇願する。
「まっ、待ってくれ! さっきの強化魔法の代償で、俺には一切スキルが使えねえんだ。だから、今度こそ……」
「それは良い事を聞いた。じゃあこれでお前は死ぬってわけだ」
「ひぃいいいい!」
また拷問のような痛みが近づいてくる。
逃げ場はない。
確実的な、絶望感。
あらゆる精神的苦痛を想像したコルデュークは、恐怖のあまり、泡を吹きその場に倒れた。
気絶ではなく、ショック死。
恐怖に顔を歪め、苦悶の表情を浮かべたまま。
「…………死にやがった」
この男にはまだ言いたい事はあった。
心の底から後悔させ、皆の墓の前で頭を擦り付け、何度も何度も謝罪をさせたかった。
けれど、コルデュークは自身の罪を自覚しないまま逝ってしまい。
行き場の無い怒りは心の中で晴れぬまま。
ショウヤは深く息を吐くと。
静かに剣をしまい、コルデュークに背を向け去ってゆく。
多くの罪無き命を奪った男の末路は、かくも呆気ない幕切れとなった。
ご覧頂き有難うございます。
明けましておめでとうございます。
今年も一年執筆活動に励んで参りますので、よろしくお願い致します。