表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
幕間【5】新人転生者の弔い戦
249/307

248話 搔き乱す者の最期


 これはコルデュークの過去の記憶。




 長年掃除もしていない乱雑な部屋の真ん中で、取り憑かれたようにパソコンの画面に食いつく男がいた。


 彼がやっているのは『リアーワールド・クロニクル』という、その界隈では人気のMMORPGであり。


 彼が今しがた行っているのは、他プレイヤーに勝負を仕掛け金とアイテムを奪う、いわゆるプレイヤーキラー(PK)という行為。


「くそ、なんだよこいつ、大したアイテム持ってねえじゃねえか」


 と、男は画面の先にいるキャラクターに愚痴を漏らす。


 彼の生きがいは、ネットゲームで自分より弱いプレイヤーを狩り、実力を誇示する事。

 そして自身に向けたアンチコメントにマウントを取る事だった。


「くひひ、今日もアンチが湧いてやがる。弱い奴が悪いんだよカス共」


 一人部屋で笑いながら、ネット上の住人達に罵詈雑言を繰り返す。


 彼は高校でいじめに遭い、その影響で学校を中退した。

 以来、7年もの間引きこもり生活を続けている。


「ひひ……ひ……はぁ……クソつまんねえ」


 ふと我に返り、この世の不平等さに無気力になる。


 満たされない欲求、社会的劣等感、足並みを揃える事を強要する世間体。


 全てが煩わしかった。


 ――悪いのは俺じゃねえ。俺を標的にして馬鹿にしたあいつらが悪い。助けるどころか、一緒になって俺を笑ったあいつらが悪い。見て見ぬふりをしたあいつらが悪い。何より……あいつらを罰さない社会が悪い!


 沸々と、男から不満が漏れる。


 その時、扉の向こうから声が聞こえた。


「ヒロちゃん、ご飯置いておくね」


 聞こえたのは母の声。


 優し気でありながらどこか怯えた雰囲気のする、まるで彼の機嫌を窺うような声だった。


 いつもはそれだけ言って部屋の前から離れる母であったが、その日は少し沈黙した後、男に再び尋ねた。


「ねえ、ヒロちゃん、そろそろ外に出ない? お父さんが亡くなってから生活が苦しくて……せめてゲームの課金代だけでも節約してくれると助かるの」


 そう言うと、男は近くにあった漫画雑誌を扉に叩き付ける。


「うるせえババア! とっとと消えろ!」


「ご……ごめんなさい」


 男の怒号に、母は涙ながらに去っていった。


「ちっ……くそ」


 男は舌打ちをしながら扉の先にある夕飯を持ち運び、パソコンの前で怒りのままにかき込んだ。


「くそ……どいつもこいつも……」


 愚痴を漏らしながら腹に詰め込み。

 食べ終わった食器を再び扉の前に置いた時だった。



 突如、体に異変を感じた。


「うっ……あ……」


 胸の辺りが苦しく、呼吸が出来ない状態。


 やがて全身に強い痺れを起こし、その場に勢いよく倒れると。

 その音に気づいた母親はゆっくり彼の元へ向かってきた。


「お……おい、ババア……体が……早く……病院に……」


 目の前に立つ母にそう訴えると。

 母は戸惑う事無く、ただ涙を流しながら彼に頭を下げた。


「ごめんね、ヒロちゃん。お母さんもう限界なの……本当にごめんね……」


「は……? お、おい……」


 男は気づいた。

 今しがた食べた夕飯の中に、致死量の毒が含まれていた事に。


 ――そんな……嘘だろ……こんな死に方……。


 動揺するも、もはや彼に正常な思考は働かず。

 母親に見捨てられた男は、苦しみながら家の中で息絶えた。













 時は戻り、現在。


 ショウヤの【隕石召喚メテオライト】の直撃を受けたコルデュークは、一度肉体ごと消滅したが。


 しかし幸か不幸か、コルデュークには【自動復活オートリバイバル】が常に付与されており。


 破損した肉体が綺麗に蘇る。

 だが同時に、先程までの痛みや恐怖までもが深く記憶に残っていた。


「あ……ああ……」


「やっぱ死なねえよな、これくらいじゃ」


 ショウヤはそう言うと、尚も魔剣を片手に接近する。


「お前は一生許されない罪を犯した。自分の欲求を満たす為に殺戮を繰り返した。この程度で、償えると思うなよ?」


 コルデュークは顔を強張らせながら懇願する。


「まっ、待ってくれ! さっきの強化魔法の代償で、俺には一切スキルが使えねえんだ。だから、今度こそ……」


「それは良い事を聞いた。じゃあこれでお前は死ぬってわけだ」


「ひぃいいいい!」


 また拷問のような痛みが近づいてくる。


 逃げ場はない。


 確実的な、絶望感。


 あらゆる精神的苦痛を想像したコルデュークは、恐怖のあまり、泡を吹きその場に倒れた。


 気絶ではなく、ショック死。


 恐怖に顔を歪め、苦悶の表情を浮かべたまま。


「…………死にやがった」


 この男にはまだ言いたい事はあった。

 心の底から後悔させ、皆の墓の前で頭を擦り付け、何度も何度も謝罪をさせたかった。


 けれど、コルデュークは自身の罪を自覚しないまま逝ってしまい。

 行き場の無い怒りは心の中で晴れぬまま。


 ショウヤは深く息を吐くと。

 静かに剣をしまい、コルデュークに背を向け去ってゆく。


 多くの罪無き命を奪った男の末路は、かくも呆気ない幕切れとなった。





ご覧頂き有難うございます。


明けましておめでとうございます。

今年も一年執筆活動に励んで参りますので、よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ