245話 対峙する二人
とある街道を進む一台の馬車。
馬を操る御者の後ろで、転生者コルデュークと賞金稼ぎのクロナは仕事の話をしていた。
「ねえコルデューク、今回の戦場で、一体何人の死者が出ると思う?」
「さあな、連合国もそろそろ本腰入れてグリーフィルを潰しにかかるだろ。敵味方合わせると、推定二十万は予想していいんじゃねえのか?」
彼らは此度オールドワンの招集を受け、連合国からグリーフィル防衛の任を命じられた。
しかしオールドワンからは、エルフの里に行くと言ったきり返信はなく。
加えてグリーフィルに思い入れなどまるでない二人は、不本意な気持ちを抱きつつも、仕方なく国を目指し移動していたのだった。
「ちっ、なんで俺が駆り出されなきゃなんねえんだ。戦争は第三者目線で傍観するから面白いのによ」
「そりゃあ、あなたはオルドマンに借りがあるからでしょう? テティシアの件は、彼から命令されなきゃ私はあなたを見捨ててたもの」
「てめえもグリーフィルの回し者だったじゃねえか。あの時お前が神獣の討伐に加担してなきゃ、クソムカつく犬ガキも、生意気なナナも、俺に全身火傷を負わせた竜人も全員始末出来たのによ」
すると、クロナは嘲笑するように笑った。
「キャハハ! 自己中心的な考えだこと。あの時止めなかったら、私もあなたもこの世にいなかったかも知れないのに」
再びコルデュークは舌打ちをし、ふて寝しようと寄りかかると。
突然馬車が大きく揺れ、馬の悲鳴と共にその場で急停車した。
「おい、下手くそ! 頭打っただろうが!」
と、コルデュークは御者に文句を言い放つと。
「す、すみません! 前方に人が立ってたもので……」
「あん?」
御者の言葉に釣られ、コルデュークも視線の先を見つめる。
すると、そこには両手を広げ行く手を阻む、オニキスの姿があった。
「……オニキス?」
「やあ、久しぶりだねコルデューク。ずいぶん探したよ」
相も変わらず穏やかそうな笑みを浮かべる彼に嫌悪感を抱きながらも、コルデュークは何故彼が自分の元へ来たのかが気になった。
「へっ、めずらしいな、お前から俺に会いに来るなんてよ。何か用か?」
「ああ、少し君と話がしたいんだけど、時間あるかな?」
というオニキスの言葉に対し、コルデュークは御者に「出せ」と命令する。
「し、しかし……」
「いいから出せ。殺すぞ」
「はっ、はぃいい!」
コルデュークの脅しに震え上がった御者は、オニキスを避けながら再び馬を走らせようとすると……。
ガタンと、馬車は何かにつっかえ、車輪がビクとも動かぬ事態に。
「てめえさっきから何なんだよ!」
「す、すみません……土に車輪がはまってしまったようです」
そう言って御者は車輪のほうへ目を向けると。
そこには、黒い金属が接着剤のように固まっていた。
「なんだ、これ……」
「ああ、ごめん。ここを通ると思って、あらかじめアダマンタイトを地面に埋めてたんだ」
オニキスは馬車が走り出すタイミングで『金属掌握術』の能力を使い、アダマンタイトを操り車輪に巻き込んだのだ。
種明かしをするオニキスに、コルデュークは眉をひそめる。
「おい、何の真似だ?」
「僕もなりふり構っていられないのさ。悪いけど付き合ってもらうよ」
そうして視線を向け合う二人。
オニキスの行動が読めぬコルデュークは、仕方なくといった様子で馬車から降り、彼の元へ近づく。
「お前らしくねえな。事なかれ主義がモットーじゃなかったか?」
「そんなこと一言も言った覚えはないけど、時間も押してるからね、ただ傍観しているだけじゃ間に合わなくなるんだよ」
「へぇ~、なら言ってみろよ。俺の進行を塞いででも立ちはだかる理由を」
両者引かず、決して穏やかではない雰囲気の中、オニキスは切り出した。
「オールドワンの傍から離れてくれ」
まずは最初の一手。
「ふ~ん、理由は?」
「この間、僕とルピナスは『時空の暴流』に行き、フォルトさんに会ってきた」
「『時の魔女』だったか? 百年近く生きてるババアだろ。それが?」
フォルトをババア呼ばわりするコルデュークに軽く溜息を吐きながら。
オニキスはフォルトの力で見た、未来の話をした。
オールドワンの目的、転生者をこの世界に招いた理由。
世界崩壊の危機を。
「コルデューク、このままだと君はオールドワンに利用されるだけされ、用済みになったら消される運命だ。だから……」
「だから、俺もお前らに手を貸せって?」
オニキスの言葉を予測し答えると。
コルデュークは「くひひ」と馬鹿にしたように笑いながら返した。
「答えはノーだ。てめえらの勇者ごっこに俺を巻き込むんじゃねえよ」
オニキスは無言で彼を見つめ、次の言葉を待つ。
「オールドワンが何を企んでいようが、お前らがどうしようが、正直俺には関係ない話なんだよ」
「……関係なくはないだろ。世界が滅びれば、君も死ぬ事になるんだぞ」
そう返すと。
「ならねえよ。俺はお前らと違って特別なんだ!」
確固たる自信で、コルデュークは己の存在を自負する。
「お前らは前の世界で死んでこの世界に来たんだよな? だが、俺は違う。この世界は、生前俺がプレイしていたネトゲの世界そのもの。……で、俺はそのプレイヤーってわけだ」
その話を、オニキスは黙って聞いていた。
「俺のこの姿はな、四六時中経験値を溜めて育て上げた、俺のアバターなんだよ。お前らと違うのは、最初からステータスが引き継がれていた事だ」
だからこその自信。だからこその見下し。
転生者以外の者は全てノンプレイヤーキャラクター(NPC)であり。
自分以外の生物は全て劣等であると、そう思っている。
そんな彼を見てオニキスは。
可哀そうな奴だと、そう思った。
ご覧頂き有難うございます。
これから幕間が4~5話程続き、その後最終章が始まります。