242話遠き日の記憶⑤【3】
時は流れーーソニアの専属傭兵だったタクマは彼女と結婚し。
そして、二人の間に子供が生まれた。
タクマは義父からベルクラストの名をもらい受け、ソニアと共に家名を守ってゆくと誓い合う。
彼らは幸せな日々を送った。
国を守りながら、愛を育み。
二人は息子に剣術と魔術を教えられるだけ教えた。
いつかセシルグニムの騎士として、国を背負える者に育てる為に。
そんなある日、彼の元にフォルトから念話が入る。
『……カザミさん、今よろしいでしょうか?』
ベルクラストの屋敷内にいたタクマは辺りをキョロキョロ見渡し、誰もいない事を確認して彼女に返答した。
「久しぶりだな、フォルト。どうかしたか?」
『はい、実はカザミさんにお伝えしなくてはいけない話がありまして……どこか、人気のない場所で会えませんか?』
声的に、あまり元気がなさそうな彼女に少し疑問を抱きながら。
「分かった、今どこにいるか教えてくれ。飛行船で向かうよ」
『いえ、長距離の【空間の扉】が使えるので、私がセシルグニムへ向かいます。なので落ち合える場所を指定して下さい』
「ああ、分かった。それじゃあ……」
そう言って、タクマはフォルトの要望通り人の少ない場所を選び、彼女と会う事にした。
指定した場所へ突いたタクマは、まず彼女の異変に気付く。
「フォルト……お前その目、どうした?」
先に着いていた彼女を見ると、黒い布で目を覆い、若干怯えた様子で自分を見上げる姿。
「お久しぶりですカザミさん。これは……目が見えなくなったわけではなく、景色を見たくないからあえて隠しているだけです。どうぞお気になさらず」
「お気になさらずって……」
しばらく会わないうちに、彼女の身に何があったのか。
何故こんなにも怯えているのか、タクマは心配になった。
「何があったのか、聞いてもいいか?」
すると、彼女は唇を震わせながら、小さく答えた。
「……ここ数年で、私は自分の能力は飛躍的に進化しました」
「それって、時を見る力?」
彼女は頷きながらも、やはり精気はなく。
「より広い視野で、より深い歴史を見る事が出来るようになりました。今では百年前の世界も、百年先の世界も見れます」
「すごいじゃないか。未来予知が出来るなら、お前に不都合な未来が起きても、それを事前に回避する事が出来るんだろ?」
称賛するタクマだが、彼女は急に蹲り、涙を流す。
「お、おい……」
「見たくなかった……こんな世界……こんな未来……」
尋常ではない彼女の怯えように、タクマは優しく背中を擦り。
「何が見えた? お前は、それを俺に教える為に来たんだろ?」
彼女が落ち着くのを待って、そして怯える理由を聞き出した。
彼女が見たものは、人の闇。
世界の隅々まで見通せる程に成長した彼女の力は、綺麗な外面だけでなく、薄汚れた裏の部分まで見えてしまったのだ。
真っ当に見える貴族は裏で人身売買を斡旋し、貧困に苦しむ民に救いの手は差し伸べられず、罪を犯した者は金で衛兵を買収し、善良な市民は冤罪をかけられ処刑される。
少数派の種族は多数派の種族に淘汰され、奴隷にされ、見せしめに殺され、それが正義だと信じて止まない多数派。
強い者は弱いものに、弱い者はより弱い者に、カースト式に支配の首輪が繋がれる。
そんな人族の狂気を目の当たりにしたフォルトは、世界の恐怖に怯え続けた結果、自身の視界を遮った。
何も見たくない、何も知りたくないと、声にならない悲鳴を上げていた。
「分かった、もう分かったよ。辛かったな」
そう言って手を差し伸べるタクマに、フォルトは続ける。
「今日、あなたをお呼びしたのは、この世界を知ってもらう為ではなく、この先に起こるであろう未来を見てもらう為です」
「未来を?」
そう言うと、フォルトは魔法を唱え、何十年と先にある、世界が崩壊する未来を見せた。
「……これは!」
「オールドワンが私達に『世界の支柱』の管理を任せるのは、女神の復活と同時に、終焉の先の、完全支配された世界を創る為だったんです」
その為に自分達を利用していた事、復活した女神と、彼の仲間の体を自分達で代用する事。
自分達はその片棒を担がされていたのだと知った。
「私には何も出来ない、何も変えられない……。あなたにこの事を伝えたのは、この先あなたが取る行動を抑制する為です」
「……どういう事だ?」
タクマが問うと。
「あなたは近いうち、私の口から告げなくとも真実を知る事になるでしょう。その時あなたは、一人でオールドワンを止めようします。そして、返り討ちに遭いあなたは死ぬ。どの選択を取っても確実に。……だから先に真実を告げて、早まった行動を取らないように忠告しに来たんです」
フォルトは何度も未来を見た。タクマが死なず、世界も崩壊しない世界を。
だが、どの未来も結果は変わらなかった。
「あなたには家族がいるんでしょう? だから、ここで聞いたことは忘れて、妻と子供を大事にして、幸せに暮らして下さい」
それが最後の願いだった。しかし。
「悪い……多分無理だ。お前も、無理だと分かってここに来たんだよな?」
やはりダメだったと、フォルトは涙を流した。
「私は……あなたを守りたくて……」
すると、タクマはわしゃわしゃと彼女の頭を撫でる。
「泣くな。お前はもっと、図太く生きたほうがいいぞ」
「……カザミさん」
「何があっても堂々としてろ。不運なんざ笑い飛ばせ。いつだって笑える余裕がなきゃ、せっかくの第二の人生が勿体ないだろ?」
そう言って、彼は笑って見せた。
「大丈夫だ。なんかの奇跡が起きて、皆が幸せになる結末もあるかもしれないだろ。それにな、俺がいなくなっても、散々鍛えた俺の息子がいる。息子でも届かなければ、その後の子孫に託してもらう。俺の意志を、末代まで受け継がせるさ」
その言葉をフォルトに残して、彼はオールドワンと戦う為、彼女の元を去った。
その夜、タクマは妻と息子を呼び、理由を話した。
「タクマ……お前」
「ソニア、言いたい事は分かる。けど、分かってくれ。俺は俺のケジメを付ける」
「……馬鹿者」
オールドワンと関わった自分が、真実を知った自分だけが成さなければならない。
家族にはこう言った。
自分の名を家系から除外してくれと。
グリーフィル大聖堂の教徒であるオールドワンと対峙すれば、侯爵家の家名に傷が付くと悟ったからだ。
それから、最後まで守れなくてごめんと。
二人を愛していると。
彼はそう告げて、単身オールドワンの元へ向かっていった。
これが、今まで誰にも語られる事のなかった、名も無き英雄の話である。
ご覧頂き有難うございます。
明日、明後日は休載します。