241話 遠き日の記憶⑤【2】
転生者タクマの助太刀により、生き延びた兵士達は無事地上へ帰還する事が出来た。
「そなたのおかげで助かった。礼を言う」
と、その女性は頭を下げ、自らを名乗る。
「私はセシルグニム専属魔導士、ソニア・ベルクラストだ。今回『世界の支柱』調査の命を受け、マッピングと魔物の脅威を調べに来たのだが……どうやら私達では手に負えない仕事のようだ」
「そうか、まあ無事で何よりだ。俺はタクマ、しがない冒険家だよ」
と、当たり障りのない言葉を交わしながら。
タクマは彼らの飛行船に同乗し、セシルグニムまで運んでもらう事となった。
「ところでタクマ、そなたは何故あの場所にいたのだ?」
「えっ……」
タクマは一瞬口ごもり。
「俺もその……別の国から調査の依頼があったんだよ。そう、グリーフィル王国から」
タクマはオールドワンの命令で来たという事は伏せ、適当な理由でソニアに返すと。
「なに? 我が国の領地である『黒龍の巣穴』に何故グリーフィルが調査に来るのだ?」
「えっ!?」
言葉のチョイスを間違えてしまったと、タクマは動揺する。
「いや、その、俺も仲介業者に仕事を斡旋されただけなんで、詳しくは何とも……」
どうにかごまかそうとするも、ソニアの鋭い目がタクマを凝視し、全てを見透かされそうな雰囲気だった。
しかし、途端にソニアは溜息を吐き。
「まあ、そなたは命の恩人だ。他国の者が無断で我が国の領地に足を踏み入れた事は水に流そう。そなたも、それを知っているから動揺しているのだろう?」
深くは追及せず、タクマは首の皮一枚で繋がった。
――あ、危なかった……。余計な火種を点けるところだった。
と、内心安堵しながら彼女に相づちを打つ。
「しかし、これ程腕の立つ冒険家となれば、他国でも名が知れていると思うのだが、そなたの名は聞いたことがないな」
「あまり目立つクエストを受けてないからランクは低いんだ。俺はその日暮らしが出来ればそれでいいから」
「それは勿体無いな。そなたの実力ならば、我が国で優遇されるというのに……」
そんな会話をしていると、ソニアはさり気なくタクマの手に自分の手を乗せ。
「セシルグニムに移住しないか? 私ならば王に口添えが利くぞ。兵士という役職が堅苦しいのならば、私専属の護衛役というのもアリだが?」
火照った表情を向け、タクマに言い寄るのだ。
「……急に距離が近いな。どこの馬の骨とも知らない俺を信用し過ぎじゃないか?」
「目を見れば分かるさ。そなたは邪悪ではない。どうか前向きに検討してみてくれぬか?」
自分を騙す罠か、はたまた本心か……。
その時のタクマは、そんな事はどうでもよかった。
ただ純粋に、彼女に恋心を抱いた。
それは彼女も同じ。
毅然とした態度で振る舞う彼女も一人の女であり、凶暴な魔物の前でなす術なく蹂躙される寸前、颯爽と現れた青年を好きになるのは必然だった。
「まあ……考えとくよ」
二人の距離が縮まるのに、左程時間はかからなかった。
それからしばらく。
タクマはセシルグニムに拠点を移し、ソニア専属の傭兵となった頃。
突然オールドワンからの念話が入る。
『タクマ、近々時間を空けられるか?』
「なんだ、またどこかの『世界の支柱』に侵入者が入ったのか?」
『いや、今回は別件だ。君に会わせたい者がいる』
「会わせたい者って?」
『君と同じく、この世界に転生してきた者だ。これからはその者と分担して仕事をしてもらう為、顔くらいは知っておいてもらいたくてな』
自分と同じ転生者。
その言葉に少し高揚した様子で、タクマは了承した。
数日後、タクマは飛行船でグリーフィルに向かい、オールドワンの元へ行くと。
「よく来たな、タクマ。さあ、こちらへ」
彼の横に立つ一人の女性に目を向けた。
「オールドワン、その子が?」
「ああ、君と同じ世界からやって来た転生者だ。さあ、自己紹介を」
と、若干緊張した様子の彼女に促す。
「フォルトです。まだこの状況に順応出来てなくて、ご不便をおかけするかと思いますが……何卒指導の程、宜しくお願い致します」
「ああ、カザミ・タクマだ、よろしく。フォルトって名前、君は俺と同じ世界の人間でも外国の人ってこと?」
「いえ、あなたと同じ日本生まれです。本名は梅田 佳代子。この人に力を与えてもらう代わりに、名前を改名しろとの事で」
「ああ、なるほど、君は名前を捨てるほうを選んだのか」
オールドワンと初めて会った頃を思い出し、タクマは納得した。
「タクマ、彼女は名を改めた事で固有能力を取得している。おそらくは君よりも強い」
「そりゃ有難い。俺も何の心配もせず仕事を割り振れるってもんだ」
「タクマ、今からでも遅くない。お前も彼女と同じく……」
オールドワンが言いかけると。
「いいって、今のままでも不自由はないさ」
何を言うか分かっていたように、タクマは手の平を向け待ったをかけた。
「努力次第で、人の何倍もある魔獣を素手で倒せちまう。生前じゃ考えられない事だ。努力がそのまま報われる世界っていうのも、なかなか良いもんだ。俺は満足してるよ」
そしてタクマは話を変え、オールドワンに言った。
「それよりオールドワン、この子と二人で話がしたいんだが、いいかな?」
「ふむ、構わない。同郷だからこそ分かり合える話もあるだろう。では、私は少し席を外すよ」
オールドワンはタクマの頼みを聞き入れ、二人を残して去っていった。
そしてタクマは二人だけになった一室で彼女に問う。
「なあ、フォルト、オールドワンが言っていた、固有能力ってどんなのなんだ?」
「種類は様々あるそうですが、私に与えられたのは、時を見る力です」
「時を?」
「過去も未来も、そして現在のあらゆる場所も、私の力で覗く事が出来るそうです」
タクマは半ば信じられないと思いながらも、その力に期待を向ける。
「すごいな! ならこれから起こる未来も予知出来るわけだ」
「本来ならばそうですが……私はまだ未熟でして、上手く使いこなせないのです」
「なら、これから練習して使いこなせるようになればいい。その経験が、きっと君の武器になる」
真っ直ぐな視線で言う彼に、硬い表情だったフォルトの顔が、少しだけ緩まった。
「あなたはすごく、前向きな人ですね」
「気負っていたら、生きれない世界だ。守りたい者も出来たしな」
「守りたいもの……」
タクマの言葉を復唱する彼女に、彼は続けて言う。
「フォルト、その力を上手く使えるようになったら、一つ頼みを聞いてくれないか?」
「……?」
「この先の未来も、俺達はちゃんと生きていられるのかどうか、その目で見てほしいんだ」
それから数年後、彼らは真実を知る事になる。
オールドワンの目的も、世界に起こる異変も……。
ご覧頂き有難うございます。
本日は2話投稿します。次回は夜頃投稿予定です。