240話 遠き日の記憶⑤【1】
およそ百年前の事。
この世界に、一人の転生者が現れた。
「ん……ここは?」
青年は辺りを見渡し、困惑した。
先程までいた場所から一変して、突然見たことの無い場所へと飛ばされていたのだ。
「俺は……たしか銃で撃たれて……」
当時戦争中だった彼の国は、自国の防衛の為に兵士として駆り出され、そして彼は激しい銃撃戦の末、戦死した……はずだった。
しかし自身の体を触ってみるが、傷跡は一つもなく。
また、現在地が祖国とは異なる町の雰囲気に、青年の疑問は増すばかり。
と、その時。
彼の前に、二人の男が近づいた。
「ふむ……召喚は成功したようだが、この者から魔力を一切感じないぞ、ハジャ」
「『異人召喚』は気まぐれだ。どの世界の、どの国の、どのような人族が召喚されるかは完全にランダムなのだから。どうやら、この男は魔法の概念が存在しない世界から来たようだな」
二人がそんな会話をする中、青年は未だ理解が追い付かない。
彼らの見た目は明らかに外国の者。しかし、自分と同じ母国語を話す彼らに戸惑いを隠せなかった。
「魔力だけではない。全ての能力が人並だ。これでは戦力にならんぞ」
男は鑑定スキルで青年を覗き、まるで戦力の足しにならないであろうと、残念そうに首を振った。
「ならばオールドワン、お前の『能力転移』で力を与えたらどうだ? 彼も自分の意思に関係なく召喚された身だ。我々は、少しでもこの世界を生きやすくする為、彼に援助を行うべきではないか?」
「ふむ、一理あるか」
尚も自分そっちのけで会話する二人に、青年が声をかけると。
「あの、あんた達は?」
「ああ、失礼、自己紹介が遅れたね。私はオールドワン、そしてこちらはハジャ。私達は世界を救う為、世直しの旅をしている者だ」
「世界を救う?」
青年は首を傾げる。
「君は一度死に、そしてこの世界に転生してきた。その自覚はあるか?」
その言葉に、青年はようやく理解した。
ここは死後の世界なのだと。
「ああ……なるほど、どうりで銃弾の痕が綺麗に無くなってるわけだ」
ならばこの二人は、自分を天へ導く神の使いなのか……そう思った。
「君は数ある命の中から、この世界に選ばれた人間だ。私は、そんな君に力を与えたい」
「力……?」
「そうだ、弱肉強食の世界において、強さは己の正しさを証明する絶対的価値。その力を君に授けよう」
青年は沈黙し考えた。
ここが死後の世界だとして、人は死んだ後も争いを続けるのか。
命を終えようと、戦乱の世から逃れられぬのか、など。
「色々考えているようだが、安心しろ、少なくとも私達は君の味方だ。力を得る為の対価も破格的に安くしよう。そうだな、今ある名前を改名するだけでいい」
「名前を?」
「人の名には言霊が宿る。今の自分を捨て、新たな自分へ生まれ変わる為の、儀式のようなものだ。簡単だろ?」
男の言葉に、しばらく沈黙した青年は。
「悪いけど、断るよ」
「なに?」
今の自分を捨てる気はないと、その条件を拒否した。
「風見 拓馬、親からもらった大事な名前なんだ。出来れば、その名は変えたくない」
「……だが」
「あんたのご厚意は嬉しいけど、俺は俺の力で新たな人生を歩んでいくよ。それじゃ」
と言って、二人に背を向ける青年。
「待て。なら対価はいらない。代わりに私達に協力してくれ」
男は青年を止め、無条件で力を与える事にした。
ようやく召喚する事に成功した転生者を、みすみす見逃したくないと考えたからだ。
「協力って?」
「言っただろ、世直しの旅をしていると。君にその手伝いを頼みたい」
青年は少し悩んだ末。
「具体的に何をすればいい?」
この世界で初めて会話した人間という縁を理由に、なし崩し的に検討する構えを見せた。
「私達が長年守り続けている聖地、『世界の支柱』を管理してほしい」
「聖地って……見張り役でもすればいいのか?」
「そうだ。勿論四六時中とは言わない。たまに無断で聖地に足を踏み入れる輩がいてな。そのゴロツキを追い返す場合のみ、君を招集する。それ以外は好きに暮らすといい」
そんな口約束の契約を承諾し、男は青年に力を与えた。
「名を改名すれば固有能力を与えられたのだが、それを拒否した以上、私に出来るのは君の潜在能力を底上げするくらいだ。まあ、そこら辺の戦士よりは強くなれるだろう」
「十分だよ。自分の周りの、小さな何かを守れる強さがあれば、それでいい」
それから、この世界に転生した青年、タクマの第二の人生がスタートした。
時が経ち、タクマは急成長を遂げた。
彼は数年の間己の鍛錬に励み、前の世界で銃の扱いに慣れていた為、拳銃と片手剣を中心に腕を磨いた結果、Sランク冒険家に引けを取らない強さになっていたのだ。
そんなある日、オールドワンから念話が届く。
『タクマ、『黒龍の巣穴』にセシルグニムの兵士が向かった。すぐに対応してもらえるか?』
もはや急な任務にも慣れた様子で、タクマは了承する。
「分かった、すぐに向かうよ」
言われた仕事を卒なくこなす。それが自分の使命。
生前果たせなかった防衛を、今度は必ず成し遂げる。
今日も明日も、変わらない。
そう決意し、彼は『黒龍の巣穴』へ潜ると。
「……これは」
そこにはセシルグニムから派遣された兵士達がすでに潜入しており。
そして、魔物の群れに襲われ全滅の危機に瀕していた。
――上級戦士級の魔物だ。この程度の魔物にやられるなんて、よく巣穴に入ろうと思ったな……。
呆れながら兵士達を見ていると。
――どうやら俺の出番はなさそうだ……ん?
魔導士と思われる一人の女性が、ボロボロの状態ながら、他の兵士を庇うように魔物に立ち塞がる姿が目に映る。
「舐めるな魔物風情が! 私は『氷姫の魔女』、ソニア・ベルクラスト! この身に代えても我が同胞に手出しはさせん!」
と、魔物相手に啖呵を切る彼女を陰から覗き。
――魔物に言葉が通じるわけないだろ。……どうせこのまま全滅する、俺が手を出さなくても任務は遂行されるんだ。なら、このまま見殺しに……。
と思った時。
「……違う」
無意識に、ぼそりと呟いた。
――俺が守りたいのは信用か? オールドワンへの忠誠心か?
「違うだろ。俺が守りたいのは……」
そう言って、タクマは彼女の元へ駆けだした。
戦時中、彼が守ろうとしたのは家族、友人、そして無慈悲に奪われる力無き命。
「下がってろっ! 俺が片付ける!」
そして、彼は魔物に剣を振るう。
抗う力を得た今、その力で、今度は守るべき者を守れるように。
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