239話 始まりの転生者
皆がエルフの里へ帰還する中、フォルトに呼び止められ『冥界の谷底』に留まる事になったポロとサイカ。
二人の目の前にはフォルトとルピナス、そしてエルメルの三人。決して味方とは言えない者達と顔を見合わせていた。
「……あのさ、たしかに警戒する気持ちは分かるけども、もう少しこう……穏やかな表情出来ないもんかね? サイカちゃん」
と、フォルトは苦笑いを浮かべながらサイカに問う。
「貴様に敵意がないとは言えんからな。特にルピナス、その女は我が国を脅かした主犯だ。貴様がその女の仲間というなら、簡単に信用出来ないのは当然だろ」
サイカの言葉に、ルピナスは鼻を鳴らしながらそっぽを向く。
「あは~、まあそうだね。でもさ、だからこそ保険として、君の付き添いにポロちゃんを指名したんだよ。この子の強さはさっき見ただろう? 今のアタシ達じゃ束になっても敵わない。君のボディーガードとしては適任だと思ってさ」
険悪なムードになりかける場を鎮めようと、フォルトはサイカをなだめるが。
「女の子一人残すのは心細いからね。彼がいれば安心だろ?」
「余計な事を……。私がそのような軟弱な女に見えるか?」
そんな二人の間に、ルピナスはぼそりと愚痴を漏らす。
「……さっきまでハジャ様とオールドワンにボコボコにされてたくせに……」
「何だと?」
火に油を注ぐ一言に、サイカは今にも斬りかかろうと剣を構える。
その様子にポロは溜息を吐き。
「サイカ、とりあえず話だけでも聞こうよ。大丈夫、この人に悪意は感じないから」
「ぐ……!」
埒が明かないと言わんばかりにサイカを止めた。
「フォルトさん、僕もそろそろサイカを呼び止めた理由を聞きたいんだけど」
「はは、ポロちゃんは話が早くて助かるね」
そう言うと、フォルトは後ろに手を向け、陰から現れる人物を紹介した。
「せっかくこの場に来たんだ。サイカちゃんも、祖父の顔くらいは見ておいたほうがいいと思ってね。彼も孫の顔は見たいだろうし」
陰から現れた一体の冥人。
人の顔を模した面を付けているせいで表情は見えないが、それは剣士のような姿をした細身の男性だった。
「紹介するよ、この世界で最初の転生者、カザミ・タクマさんだ」
「カザミ……?」
サイカはその名を聞いて、影のフォルムを凝視する。
「君はセシルグニム侯爵、ベルクラスト家の末娘だったね。長い歴史を持つ家系で、割と最近になってファミリーネームが追加された。ベルクラスト家に婿養子になった人がいたからね。それがこのカザミさん」
愉快気に話すフォルトは、さらに冗談めかして補足を加える。
「まあ端的に言えば、君のおじいちゃんが君のおばあちゃんを寝取って無理やり身内関係にこじつけたのさ」
「嫌な言い方をするなっ!」
怒鳴りながら、サイカはふとオニキスの話を思い出した。
『君の先祖……風見さんは僕と同じく、こことは別の世界からやって来た者だよ。貴族は自分の家柄も把握していないのかい?』
――あの男の言葉は、本当だったのか。
そう思い。
「じゃあ、私は貴様らと同じく転生者の血が流れているということか?」
「転生者の血って……アタシらも種族は君と同じ人間なんだけどね……。あえて言うなら日本人の血って事になるね」
フォルトはそう言いながら、布で目の覆った瞳で、サイカをマジマジと見つめる。
「ふんふん、その髪の色、目の色、それに顔つきなんかカザミさんにそっくりだよ」
「何故目を隠しているのに見える?」
そんなツッコミを加えるサイカを無視して、フォルトは目の前の冥人を手招きする。
「そんなとこに突っ立ってないでおいでよ、カザミさん。あなたも、孫と話してみたいだろう?」
「…………」
フォルトの言葉に促され、その影はゆっくりとサイカへ歩み寄り。
「キ……ミ、ハ、カノ……ジョニ、ヨクニテ……イル」
自身が愛した者を重ねて、サイカに伝えた。
「あ~そうだったかい? アタシはカザミさんに似ていると思ったんだけど。こりゃ失礼」
フォルトの言葉を訂正する男に、彼女は笑いながら謝り。
「ほら、サイカちゃん、君も何か言っておやりよ」
仲介役さながらに、サイカにも感想を要求する。
「あ、あなたは……私の祖父で在らせられる、の、ですか?」
一方サイカは半信半疑なままコメントを強いられ、ギクシャクしたように片言になってしまう。
「シン、ジ……ラレナイ、カ?」
「い、いえ……ただ、今まで父上から祖父の事を詳しく教えてもらった事がなかったので……」
すると、フォルトは「それはアタシから説明するよ」と言って間に割って入る。
「今まで君がカザミさんについての情報を教わらなかったのは、君のお父様がベルクラスト家に傷が付くのを恐れていたからさ」
「……どういうことだ?」
フォルトは昔を思い返し、サイカに告げる。
「カザミさんはね、一人で世界を救おうとしたのさ。ベルクラスト家に火の粉が当たらないように、子に自分の名を捨てるよう伝えて、単身オールドワンに立ち向かった、名も無き英雄なんだよ」
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