230話 異空間での戦い
ここは空間の狭間、『冥界の谷底』と『世界の支柱』を生み出す魔鉱石の空間の間に位置する名もなき場所。
しかしポロは、この場所に見覚えがあった。
「ハジャ、ここって……」
すると、ハジャは自らの分身体を生成し、ポロに返答する。
「ああ、お前が良く知る生まれ故郷、ポロトの村だ」
かつて狼王フェンリルを祀っていた村。それも今の情景は、荒廃した後のものだった。
「とは言え、これは現実の空間ではない。私が作り出した幻夢だ。実際の場所は今、新しい町を開拓している途中だからな」
「うん、知っているよ。けど、どうしてわざわざこの空間を作ったの?」
ハジャは目の前の崩壊しかけた建物に向かって魔法を放ち、粉々に全壊させると。
「ここならば、我々がいくら暴れようと被害は出ない。仮想空間だからな。そしてこの場所を選んだ理由は、戒めだよ。お互いのな」
と、ポロを見ながら言った。
「私があの村に干渉しなければ、無駄に村民や冒険家の命を散らす事もなかった。そしてポロ、あの日お前に力があれば、お前の姉を死なせる事もなかった」
「生まれたての子供に無茶なこと言う……と言いたいところだけど、そうだね、たしかに僕にはその力があったのかもしれない」
「お前は黒妖犬の吸収能力と、人間の知恵が複合した存在だ。お前が人より物覚えが良く、気や魔術の才能に秀でているのもその影響が強い。その気になれば、一年に満たない期間で熟練の戦士と肩を並べられただろう」
そうなる道もあったのだと伝えながら。
「だが、お前はそうはならなかった。自ら争いを拒んだのだ」
「クル姉が望んだからさ。争いの無い平和な場所で生きてほしいって。だから僕は飛行士になった。自由に空を飛び回って、色んな国を旅する仕事、僕の夢だったから」
「ならば何故私に指南を求めた? 何故飛行士でありながら死地へ向かおうとする?」
「それは…………」
「守りたいからだろう? 誰も死なせたくないからお前は力を求めた」
「そうだよ……」
「お前は夢と理想で矛盾している。飛行士として一生を終えたいのなら、戦場に向かうべきではなかった。だがお前は他者の声を拒めなかった。力ある者は期待され、助けを懇願される。一度引き受けてしまえば次々と声が上がる。結果、お前は争いの渦から逃れられなくなったのだ」
ハジャの言葉一つ一つに、ポロの心情は揺さぶられる。
「覚えているか? お前がセシルグニムの依頼を受け、『黒龍の巣穴』攻略部隊に選ばれた時を。その時からすでに、歯車はこちら側に回っていた。あの時お前が王の依頼を断っていれば、オールドワンに目を付けられる事もなく、こうして私と再び会う事もなかっただろう」
「知った風に言うね。オールドワンに聞いたのかな? それで、何が言いたいのさ」
「お前はもう、引けないところまで来てしまった。世界の命運をかけた戦いに巻き込まれたのだ。姉の願いに反してな」
ポロは今まで『世界の支柱』、そして何人もの転生者達と関わった。
それだけで、オールドワンからは危険因子としてマークされていたのだ。
「正直、私もお前には自由に生きてほしいと思っていた。私とは二度と会わなければいいと思っていた。しかしここまで来た以上、私は己の役割を果たさなければならない」
「はじめからそのつもりなんでしょ? ハジャは僕の体を依り代にしたいし、僕はそれに抵抗したい。お互い目的が分かって話も済んだ。なら、あとは戦って白黒つけようよ」
と、ポロが言った瞬間。
ハジャは一瞬のうちにポロとの距離を詰め、ステッキの石突部分を額に突き付ける。
「油断をするな。今、お前は死んでいた」
「…………」
ポロは全く反応出来なかった。近接攻撃を得意とするポロが、遠方攻撃を得意とする魔導士に身体能力で負けたのだ。
「この分身体は、肉体があった頃に最も近づけてある。複数は生み出せないうえに痛覚も残るが、それ故全盛期とほぼ変わらぬ力を引き出せる」
ポロは額に冷や汗を滲ませた。
「じゃあ、やっぱりセシルグニムの時は手加減していたんだね」
「あの時の分身体でさえ、お前は私の足元にも及ばなかった。前回お前達は勝ったのではない、私の気まぐれで生かされたのだ」
「自覚はあるよ。四対一でギリギリだったから」
言いながら、ポロは後退し距離を取る。
「なら、今からが本当にハジャの本気ってわけだね」
「自惚れるな、本気を出すかどうかはお前の力量次第だ」
セシルグニムで相まみえた時とは比べ物にならない魔力量に、魔力感知の無いポロも気づいていた。
これが長い年月を生きた者の力。
世界を揺るがす程の実力。
「期待に添えてみせるよ。…………【獣王覚醒】!」
ならばポロも出し惜しみはせず、最初から全力でハジャに挑む。
自身の獣としての潜在能力を最大限まで引き出し、自分の中に眠る魔人達の力を借り。
師であるハジャへ飛びかかった。
ご覧頂き有難うございます。