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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第五章 エルフの領地、冥界に蘇る幻夢編
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228話 喜びの中、招かざる者 ルピナスサイド


 エルメルにかかった精神操作を解いてからしばらく。


「エルメル、少しは落ち着いた?」


「ええ……少しずつ思い出してきた。屋敷を襲撃されてから、私は暗殺者に殺されて……そしてオルドマン司教に蘇生された……」


 記憶の整理が落ち着いたエルメルは、ルピナスにこれまでの経緯を話した。


「それから私は十年近く、あの人に精神操作の魔法をかけられた……。薄っすらと、その時の記憶も残っているわ」


 そしてエルメルは、ルピナスに深く頭を下げる。


「ごめんなさい……私、ユーカに刃を向けた……」


「もういいわよ、精神操作を受けた際の防衛本能なんでしょ。気にしてないわ」


「お父様とお母様以外で、誰よりも心を許せた親友なのに……私は……」


「エルメル……」


 自責の念に囚われるエルメルに、ルピナスはこれ以上何を言えばいいのか分からなくなる。

 と、そこにタロスがやってきた。


「……あの、この人は?」


 飛行士の制服を着た、表情の見えない木彫りの人形に目を向け首を傾げるエルメル。


「タロス・フルーズ。あなたのお父様に雇われていた傭兵、知ってるでしょ?」


「えっ?! でも、その姿は……」


 タロスは少し間を置き、言い辛そうにして声を発した。


『俺は屋敷が襲撃された日、致命傷を負った為肉体を捨てた。今は人形使い(パペッティア)の女に魂を転移してもらい、こうして生き永らえている』


「じゃあ……本当に、タロスなの?」


 かつて目の前にいる二人を逃がす為、襲撃者達を一人で相手取った傭兵。

 自分が仕える主人を守れず、主人に託された娘も守れなかった傭兵。

 そしてその記憶も肉体と共に置いてきた、哀しき傭兵。


『たしかに俺はアンセッタ家の傭兵だった。だが、俺はその記憶を断片的にしか思い出せない。もはや俺は、お前達の知っているタロスではないのだろう』


 どういうことなのか疑問に思うエルメルに、ルピナスが代弁した。


「この人、魂を転移させる際に大半の記憶も失ってしまったらしいの。だから私達の事なんて一ミリも覚えていないわ」


 ルピナスは不満気に鼻を鳴らし、当てつけのようにタロスの事情を話すが。

 エルメルは逆に、彼女をたしなめるのだ。


「命があっただけでもいいじゃない。あなたに記憶がなくても、屋敷から私達を逃がしてくれた時の事、私は覚えてる。命を懸けて守ってくれた人を、そんなふうに言うもんじゃないわ」


「……それは、そうだけど」


「タロス、あなたは生真面目で不器用で、冗談の一つも言えない寡黙な人だったけど、いつも私を一歩離れた場所で見守ってくれていた。今なら分かるわ、あなたの優しさが」


 幼少期に伝えられなかった言葉。


 屋敷に仕える者でありながら、まるで保護者のように自分を叱ってくる傭兵に、正直面倒な男だと煙たがっていたあの頃。


 しかし彼がいたから多くの知識を学び、心身共に成長出来たのだと実感した彼女は。


「タロス、今まで私の家に仕えてくれて、ありがとう」


 嘘偽りのない、心からの感謝をタロスに述べた。


 タロスは『そうか』とだけ返し、ルピナスはそんな二人にそっぽを向く。


 彼女の大人びた様子に、まるで自分が駄々をこねているように感じたからだ。


「まあ何にせよ、あなたがオールドワンから解放されて良かったわ。……ナナ、悪いけど傷の手当てをしてもらえる? 落ち着いたら痛み出してきたの」


「うん、こっち、来て」


 ルピナスは気を紛らすように二人の元から距離を取り、ナナに体の治療を頼んでいると。


 そんな時、バルタが彼女達に呼びかける。


「おい、和んでいるとこ悪いんだがよ、どうやらのんびりもしてられねえ状況みたいだ」


「何? ハジャ様とワンちゃんが帰ってきたの?」


「そうじゃねえ。上から来るぞ、やべえ奴が」


 バルタは谷底から上を見上げ、ただならぬ気配に身を震わせた。


 エルメルとの戦闘が終わった後、皆はナナに治癒魔法をかけてもらったが、ハジャの放った魔法が予想以上に体に響いているせいで、万全では戦えないからだ。


 すると、サイカもその気配に気づき、腰に下げた剣に手をかける。


「向こうも殺気を隠すつもりはないようだ。それに、余裕も見られる」


 彼女に続き、グラシエも長身棍棒スタッフメイスを握りバルタの隣へ立ち。


「まるでオレ達の事なんか眼中にないみたいだね。鬱陶しい羽虫程度にしか見えてないんだろう。なら、ここは下手に出て撤退準備でもするかい?」


 彼女が言うと、メティアは声を荒げ反発した。


「ダメに決まってんでしょ! 中にまだポロがいるんだよ。あの子を置いて行けるわけないじゃないか」


 今にもポロを追いかけたいメティアだが、先程まで光っていた魔法陣は機能を停止し、こちら側からは入れなくなっていた。


 もどかしいが、メティアはポロの帰りを信じて待つことしか出来ないのだ。


「ああ、だよね、冗談だよ。あの坊やにはオレの仲間が世話になった。みすみす見殺しになんかさせないさ。なあ、リノ?」


「もちろん、あーしはポロに借りがあるからね。姉御の次に、命を張るに値する」


「ぐぬ……なら最初から滅多な事言うな」


 そんなやり取りを交わしながら、やがて近づいてくる気配に息を呑む。




 そして現れた男は、待ち構える皆を見やり、軽く息を吐いた。


「ずいぶん大所帯だな。まあ、『世界の支柱』攻略部隊としては適正人数か?」


 その姿を見るや、サイカは剣を握る手を強め、激しい怒りを覚えた。


「貴様……オルドマン・ハージェスト!」


 セシルグニム襲撃命令を下した男を睨み付けるサイカだが。


 彼は彼女に目もくれず、奥に控えるルピナスに視線を寄せた。


「意外だな……オニキスとルピナスの位置情報を認識出来なくなったかと思えば、よもやこのような場所で暗躍していたとは」


 ――オールドワン? どうしてここに……。


 彼と目が合い、ルピナスは戦慄する。


 ――フォルトさんの見た未来に、この日この場所で、オールドワンが来る世界線はどこにもなかった。なのに……どうして?


 事前に調べた情報と異なる事態に、ルピナスは動揺を隠せずにいた。


 未来を変えるという事は、その先の道筋もまた、不明瞭に枝分かれするという事。


 先を知ったからといって、望んだ通りに事が運ぶわけではないという事実を、彼女は今この時に思い知ったのだ。





ご覧頂き有難うございます。

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