227話 エルメルを救う為 ルピナスサイド
神々しく光る『世界の支柱』の最深部にて。
エルメルとルピナスは、互いに武器をぶつけ合い、激しい攻防が続く。
「エルメルっ! あんたさっさと正気に戻りなさいよ!」
「…………」
ルピナスの叫びも虚しく、無表情のまま機械のように刃を振るうエルメル。
先程までルピナスの盾となっていたタロスとナナも、今は二人の戦いを見守る立場で傍観していた。
『ルピナス、見たところ、お前は接近戦に不慣れのようだが、本当に加勢しなくていいのか?』
「いいって言ってるでしょうが! 気が散るから話しかけるな!」
見切りが甘く、ルピナスは何度もエルメルの剣を受けるが、傷だらけになりながらもタロスに下がっていろと強く訴える。
そんな彼女にナナも心配そうに尋ねるが。
「ルピナス……せめて、回復」
「大丈夫。ここからは私一人でやらなきゃいけないの。あいつがそれを望んでいるから」
と、ルピナスは自身の頭上にいる魔物に一瞬視線を向ける。
漆黒の法衣に身を包み、顔の無い聖職者のような風貌をしたそれは、二人の戦いを上空から静かに眺めていた。
「あいつは私の手札の中で一番扱い辛い魔物なの。能力は優秀だけど、こっちが誠意を見せなきゃ、召喚者でも言うことを聞かないじゃじゃ馬よ」
名を審判者。タロスとナナがエルメルを食い止めている間にルピナスが召喚した統治者級の魔物である。
術者の願いを反映させる絶対的能力を持つ魔物だが、その反面、何事にも公平であり、術者に従わせる為には、それに伴う努力が必要となる。
今回の場合、誰の力に頼る事無く、ルピナス自身の力でエルメルを制さなければならない。
「私はあいつの力でエルメルを救う。私が最悪の未来を変えるの!」
と意気込み、ルピナスは力一杯杖を振るった。
エルメルは無感情に双剣で防ぎ、反撃にルピナスの腹部を蹴り飛ばし、よろめく体に追撃で片腕を斬り付ける。
「ぐっ……これくらい!」
さらに負傷するルピナスだが、彼女は後退せず踏みとどまり。
着ていたローブの裾を股部分までビリビリと破り、大きく開脚しながらエルメルに回し蹴りを打ち付ける。
「もう手加減しないわよ! 【邪悪なる暴食】!」
そしてゼロ距離からの闇魔法を放った。
大口を開けた、黒い化け物のような魔力の塊を杖先から生み出し、エルメルを呑み込んでゆく。
だが、大口に呑み込まれる中でエルメルは魔法を唱え。
「【魔素分解】」
ルピナスの闇魔法は一瞬のうちにマナ粒子に分解され消滅した。
黒々とした魔力の塊が消え、そこからエルメルが顔を出すと。
「読めてるのよ、あんたの動きは!」
途端、ルピナスは彼女に飛びかかり、がっちりホールドしたまま地面に押し倒した。
当然反撃しようとするエルメルだが、ルピナスは彼女の両腕を押さえ、ジタバタともがく体に頭突きを食らわせる。
「目を覚ましなさい。私はここにいるわ」
「っっ……」
「私はユーカよ。昔奴隷だった私を、あなたが救ってくれたの」
「…………」
「だから今度は私が救ってあげる。これ以上、オールドワンの好きになんてさせない。あなたは自由になるの」
「…………」
「いつかまた、ルピナスの花が咲く庭でお茶会をしましょう」
そしてルピナスは、上空にいる審判者に向かって叫んだ。
「あんたもいい加減、私を認めなさいよっ!」
ルピナスの声が辺りに響き渡ると。
その想いに反応したのか、審判者はおもむろに両手を上げ、無詠唱の魔法をエルメルに付与した。
それは精神巣食う呪いを解呪する魔法であり。
どれ程強固に縛られた呪いも容易く打ち消す力を持つ。
「うっ……あぁ……」
解呪の魔法を受けたエルメルは、体を痙攣させ、声にならない声を発した。
「エルメル、エルメル!」
何度も彼女に呼び掛けると、次第に体の痙攣が収まり、彼女の顔に感情が戻る。
そして……。
「……ここ、は?」
夢うつつの狭間で、エルメルは小さく呟いた。
「エルメル! 私が分かる? ユーカよ」
「ユー……カ……。え、ユーカ?」
完全に意識が覚醒しない中、目の前にいる傷だらけの女性を見て、驚いたように目を見開いた。
「ユーカ……なの? な、なんで、どうして……その姿は?」
エルメルは未だ記憶が混合していた。
ルピナスと屋敷で過ごした記憶はあれど、オールドワンに連れ去られた後の記憶が曖昧で。
あの日からどれ程の時が流れたか、彼女が理解するのには時間がかかった。
だが、ルピナスにとってそれは些細な事。
目の前の親友が正気に戻り、あの頃のままの瞳で自分を見ている。
ただそれだけで、彼女は満足だった。
「……どうして、泣いているの?」
「別に、あなたは知らなくていい事よ」
以前フォルトに見せられた、終焉の未来。
多くの者が死に絶え、エルメルが女神の贄にされた未来。
その根底をわずかでも覆せた事に、ルピナスは微笑を浮かべ涙を流した。
フォルトが予見した幾多の世界線の、そのどれとも違う新たなルートを彼女は拓いたのだった。
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