224話 黒幕の軍師 アルミスサイド
目の前に立つオールドワンに、アルミスはかつてない程の戦慄を覚えた。
以前黒龍と対峙した時よりも、遥かに膨大であり強大な魔力を感じたからだ。
「あ……あなたは……何者なの……?」
全身の震えが止まらず、声まで強張る。
そんな彼女を見ながら、オールドワンは憐れむように返した。
「魔力感知能力がある種族は、こういう時に不便だな。相手の力量が顕著に窺えてしまえるのだから」
ガタガタと体を震わせながら、アルミスは問う。
「あなたは……人間じゃないわね……?」
「ああそうだとも。人間の姿を模してはいるが、私はどの世界においても少数派な種族、魔人だ」
そのワードに、アルミスはポロの中に眠る魔物を思い出す。
――たしか、ポロちゃんの中にいる統治者級の魔物も元は魔人って言ってた。なら、この人も統治者級と同等かそれ以上の力を持っているの?
「魔人は全ての人族の始祖だ。他の種族は皆、魔人から派生した新人類に過ぎない」
「始祖……? だからあなたは、エルフ以上の魔力を有しているの?」
「元々エルフは魔力に長けた魔人から生まれた者。他も同じく、何かに秀でた能力を持つ魔人が新人類を派生させたのだ。つまり我々は魔物で言うところの『原初の魔物』と同格だ」
黒龍やフェンリルが魔物の原種ならば、魔人は人族の原種。
故に魔人は、あらゆる人族の上位種にあたる。
アルミスは立ち上がることが出来ず、地を這い彼から距離を取った。
「アルミス王女、君の反応は正常だよ、そして賢明だ。もし君が私の行く手を阻もうとした場合、君はすでにこの世にいなかった」
言いながら、オールドワンは霊山の方向へ歩を進めると。
「待てよ、オルドマン。いや、オールドワンと呼んだほうがいいのか?」
横切る彼を、ノーシスは呼び止めた。
「……君は?」
「ただの飛行士だ。それより、お前はひと月前、独断でセシルグニムの襲撃命令出したせいで、グリーフィル王に謹慎処分を受けていたんじゃなかったか?」
オールドワンはジロリとノーシスを見やり。
「それは国の内部情報だが、どこで知った?」
「これでも情報通でね、グリーフィルの中にも幾つか人脈があるんだよ」
「だが、市民や一兵卒ではそこまで踏み込んだ情報は得られない。となると、貴族の中に密告者がいるのか」
考察するオールドワンに、ノーシスは何も言わず。
「鍛えられた肉体に、全身に施された呪印。……君も、ただの飛行士にしては、堅気ではなさそうな雰囲気だが?」
身なりを追及されても無言を貫くノーシス。
「……まあいい、今更情報漏洩されたところで、私を止められる者はいないのだから」
何を言っても黙秘を続けるノーシスに問いを諦め、逆にオールドワンは彼の問いに答えた。
「軍事の指揮を執っているのは私だ。今私が抜ければ、グリーフィルはたちまち連合国によって滅ぼされる。国王も、それを懸念しているからこそ私の行動を制御出来ないのだ」
「なるほど、国の実権を握っているのは王ではなくお前というわけか」
「国王とは、肩書と責任だけを握っていればそれでいい。あの男は実に良く媚びてくれた。おかげで私も滞りなく動けたのだから」
グリーフィル王はただの操り人形に過ぎず、裏で国を動かしているのは全てオールドワンの指示によるものだと気づいたノーシスは、拳を震わせ、そして押し殺した。
「もういいかね? 私も暇ではないのだ」
「ああ……引き留めてすまなかった」
後ろを向いたままノーシスは謝罪し、彼の殺気に気づきながらも、オールドワンは何も告げずそのまま去っていった。
「ノーシスさん……」
今にも手を出しそうだったノーシスに、アルミスは心配そうに見つめた。
「……あなたに依頼されたからな。優先順位的に、里にいる兵士達を掃討するほうが先だと考えただけだ。どうせ、僕一人ではあの男に敵わないでしょうから」
「ありがとうございます」
オールドワンの姿が見えなくなった途端、体の強張りも落ち着き。
アルミスは立ち上がり、ノーシスと共にグリーフィル兵の鎮圧に向かう。
するとその奥で。
「んニャァアアア! 【吸魂の黒猫】!」
人型になったミーシェルが『体力吸収魔法』を放ち、次々と兵士達を無力化している姿があった。
「ミーちゃん……」
相手は戦場慣れした軍事国家の兵士達。
対して里のエルフは対人戦に不慣れな集落の警備兵。
数も向こうが圧倒的に有利であり、勝つのは難しい。
だが、ノーシスとミーシェルがいてくれるだけで、不思議とアルミスは負ける気がしなかった。
アルミスは地面に投げ捨てられていたエルフの弓を手に取り。
「私は何としてでもこの里を守りたい。けど、出来るだけ相手を殺さずに済ませたいのです。ノーシスさん、お願い出来ますか?」
「ただでさえ不利な状況に、縛りルールも追加されるのか……。全員は約束出来ないが、可能な限り実行しよう」
彼女の無理難題に渋々了承しながら。
エリアスを囲うように守りつつ、二人はグリーフィル兵団の掃討に向かった。
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