220話 ポロの正体
ハジャは言った。
ポロは、自分が生んだ失敗作だったと。
「それって、どういう……」
『お前は、ポロトの村を襲撃した際に私が召喚した、黒妖犬の一体にすぎなかった』
その言葉に、ポロは落胆するでもなく、ただ大きく息を吐いた。
薄々は勘付いていた。けれど、ポロはそのことを心の奥にしまい、目を背けていたのだ。
するとハジャは、ポロが生まれた経緯を話し始める。
『あの日、一人の子供が倒れていた。身体に傷を負い、苦しそうに地を這いながら、死の恐怖に震えていた』
ハジャの言葉から、それはノーシスの義弟、ファルクなのだと察した。
『私が招いた事とはいえ、子供が苦しむ姿は見ていて良い気分ではなかった。だからせめて苦しまずに弔ってやろうと、私は黒妖犬を召喚し、その子供の魂を食わせたのだ』
「でも、失敗した……」
次の言葉を先んじて、ポロは言った。
『ああ、その時召喚した黒妖犬は、上手く魔力を練れない未熟な個体だった。本来、闇魔法である死の咆哮を浴びせることで人の魂を抜き取る黒妖犬だが、魔法を使えないその個体は、仕方なく子供の首を直接噛み、頸動脈を断った』
その経緯も、全てノーシスから聞いた話と合致していた。
ならばノーシスは、最初から自分の正体を知っていたのだろうと、ポロは思う。
『だがそこで予期せぬ事が起こった。直接噛むことで子供を即死させた個体は、突然倒れたのだ』
「そこら辺もある筋から聞いたよ。ハジャがその黒妖犬を抱えて、去っていくとこまで」
『そうか、ならば無駄な時間を取らせたな』
と、言いながら、ハジャは情報の提供者に興味を抱く。
並々ならぬ執着心か、あるいはフォルトのように、時を見る力を持つ者か。
いずれにしても、生かすか殺すかの観測対象になり得ると、秘かに思った。
『ではその続きを話そう。どうやらその個体は、子供の魂を喰らった際、体に合わず消化不良を起こしたようでな、その時に、混ざり合ってしまったのだ。人間と、魔物の魂が』
そこまで聞いて、ようやくポロは心の仕えを解消させた。
決して良い結果ではない。むしろ嫌な予感が見事に的中した最悪の結果だが、不思議とポロは気が楽になった。
――僕は獣人なんかじゃなかった。人間と犬の魔物が混ざった、どっちつかずの半端な存在だったんだ。
ただの獣だった魔物が人間と合わさった結果、今の獣人のような姿になった。
ノーシスの言葉、そして冥人達の言葉で、自身の動悸が激しく揺れた理由。
訳も分からず、涙腺から涙が溢れた理由。
それは、自分の中にファルクの意識も混ざっていたからなのだと、そこでポロは理解した。
冥人達の言ったことが、結局のところ真実だったのだ。
自分はファルクであり、そして同時に黒妖犬でもある。
ただし自分には、人間の記憶も魔物の記憶も無い。
過去を忘れたのではなく、元から無かったのだ。
人と魔物が混ざり合った瞬間から、自分という自我が生まれた。……ただそれだけだった。
『ポロ、私は最初に、浄化魔法をお前に教えたな』
「【霊魂浄化】……」
『そうだ。しかし実際、そのスキルの名称は違う』
「えっ……?」
ポロは疑問に思いながら次の言葉を待つ。
『その本当の名は【魂喰らい】、生者の魂を吸収する魔法だ』
途端、ポロは驚愕しながらハジャに聞き返した。
「え、どういうこと? 僕は、今まで死んだ人や魔物を弔う為に使っていた魔法だよ?!」
ハジャは何も答えなかった。
「じゃあ、何? 僕は今まで……供養していたんじゃなく、命を食べていたってことなの?! ねえ、ハジャ!」
『…………そうだ』
ポロは全身が震え、吐き気を催した。
今まで浄化魔法を使うたびに、貧血や気絶を繰り返していた。
だがその後、自身の体はすこぶる快調となり、以前よりも力が向上するのだ。
その現象は、体に合わない神聖属性の魔法を使った影響であり、逆に体の調子が良くなるのは、体の抗体反応が現れたからだとポロは認識していたが。
実際は魂を喰らい、自分の血肉、魔力の糧にしていたからだと気づいたポロは、抜け殻のように脱力し、無気力のまま宙を浮遊する。
「どうして……嘘をついたの?」
『本当の事を言ったら、お前はその魔法を唱えなかっただろう?』
「当たり前だよ! 死者を浄化するつもりが、死者の魂を喰らっていたなんて……。これじゃあ僕はただの殺戮者だ!」
などと、ポロはハジャに不満をぶつけるが。
『だがそうしなければ、お前は今日まで生きれなかった』
ハジャはポロの為に、嘘を言わざるを得なかった。
「……どういうこと?」
『お前の本質は黒妖犬そのものだ。黒妖犬は魂を喰らわねば生きてゆけぬ存在。人と混ざり合ったお前とて、魂を喰らわねばいずれ身体は衰退し、やがて朽ちてゆく。いくら肉を喰らったところで、幾ばくかの延命に過ぎないのだ』
「そんな……」
今だから思う。
残留思念として自分の中に居座っているエキドナ、アラクネ、そしてスキュラ。
彼女らは好きでその場にいると言っていたが、本当は、自分が魂を食べてしまったせいで、消滅する事が出来ずに自分の中に囚われているのだと。
「なら……僕がこれからも生きていく為には、また何かの魂を食べなきゃいけないの?」
『元々死ぬはずだった魂を喰らう事に、そこまで躊躇う必要もあるまい。人も動物の肉を食らい生き長らえる。無意味に消えゆく命なら、お前の血肉となったほうが意味を持てると思うが?』
「けど、僕のせいで昇天するはずだった命が、僕の体に縛られている。察するに、その魂は僕が死ぬまで解放されないんでしょ? そんな害悪である僕に、生きる資格なんてないじゃないか」
ハジャは少し沈黙した後、ポロに尋ねた。
『ならばどうする? 自決するのは止めないが、その際、私がお前の体を頂くぞ』
「っっ!」
ハジャはポロの本心に問い質す。
この先も生きるか、もしくはここで死ぬか。
どうせ身を投げるなら、その器は自分がもらい受けると、そんな条件を突き付けるのだ。
ポロの中で、気持ちは揺れる。
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