216話 ユーカとエルメル ルピナスサイド
谷の最深部にて、突如始まったルピナスとエルメルの攻防。
とは言え、機械のように動くエルメルに、ルピナスはただ攻撃を防いでいるだけの一方的な戦いだった。
「エルメル、私よ、ユーカよ。ねえ聞いてるの?」
「…………」
攻撃を防ぎながら訴えかけるルピナスだが、両手に持った双剣は下ろされる事無く無慈悲に彼女に向けられる。
「くっ……容赦ないわね。あなたそんなに運動出来る子だった?」
「…………」
お嬢様だったあの頃と違い、その動きは一端の戦士を凌駕するスピードだった。
次第にルピナスの体は切り傷が重なり、徐々に疲弊してゆく。
そして一瞬のタイミングがずれ、エルメルの刃はルピナスの心臓を狙い振られると。
直前、タロスが前に立ち塞がり、代わりにその刃を受けた。
「タロス……」
『この娘がエルメルなのだろう? 思ったより仲は良くないのだな』
人形の体に刺さる短剣を引き抜こうとするエルメルに、タロスは銃剣の銃床部分を彼女の顎にぶつけ、途端にエルメルは昏倒した。
『気絶させた。今反撃しなければ、お前がやられるぞ?』
「分かってるわよ。どうやったらこの子の精神操作を解けるか考えてたとこなの」
『そうか。ならば答えが出るまで俺が盾となろう』
「大きなお世話。私とエルメルの記憶を失ったあなたは、もうただの他人でしょ?」
『そうかもしれん。だが、あの冥人からお前を頼まれているからな。その約束は果たそう』
「っっ……!」
と、二人が話していると。
脳を揺らされ気絶したはずのエルメルだったが、突然何事もないように立ちあがり、体内から魔力を放出させた。
『? たしかに気絶させたはずだが、回復が早いな』
「言ってる場合じゃないわ。強力な魔法が来る!」
と、二人が回避しようと行動する前に、エルメルは強火力の炎を放ち。
「【地獄の業火】」
直線状に飛ばされた業火は、二人を容易く飲み込んだ。
「っっ!」
激しく燃え盛る炎に包まれ、ここまでかとルピナスが思った時。
「熱く……ない?」
気がつくと、二人の体を覆うように、防御結界が張られていた。
二人を包む炎が止んだ後、ふと横を見ると。
ナナが杖を持ち、二人に補助魔法を付与している姿があった。
「ナナ……」
「私も、ルピナスを、守る」
そう言って、ナナもタロスの横に立ち、ルピナスを庇うようにエルメルと向き合う。
「あの人、攻撃しちゃ、ダメなの?」
「……ええ、私の親友なの。少し方法を考えるから、それまで待ってくれる?」
「分かった。それまで、ルピナスを、守る」
「ありがとう、ナナ」
と、微笑を浮かべるルピナスに。
『……その娘は拒絶しないのだな』
顎に手を当て、疑問に思う素振りを見せるタロス。
「ナナはいいの。でもあなたには助けてもらう義理はないし、その、なんか……腹立つのよ!」
『そうか、ならば仕方ない』
悪態を吐きながらも三人は共闘し、エルメルを正気に戻す為奮闘する。
一方、ハジャと対峙するサイカとアルミス。
「向こうはすでに戦闘を始めてしまっている。私達は、どうする?」
と、ハジャは二人に決定権を委ねる。
戦うもよし、話し合いで済ますもよし。ハジャにとってはポロが来るまでの暇つぶしとしか思っていなかった。
するとメティアは二人の前に立ち、ハジャに尋ねる。
「ハジャ、ポロの代わりに、あの子の過去を教えてくれるかい?」
「ん?」
「あの子は村を襲われる前の記憶がないんだ。あんたは知っているんだろ?」
ハジャは数秒間を置いた後。
「知っていたところで、何故ポロ本人ではなく君に告げなければならない?」
部外者には関係のない話だという素振りで質問を返した。
「ポロをあんたに近づけたくないって気持ちはノーシスと同じなんだ。だから、ポロが来る前にあんたから話を聞いて、さっさとこの場から退散したい。そして、金輪際ポロに関わってほしくない。それが私の願いだよ」
「それではエリアス王女を連れ去った意味がないだろう? 交渉するまでもなく、私に何の得もない話だ――」
と、つまらなそうに返した瞬間。
「【暴風波動】!」
突如、メティアは不意打ちで直線状に流れる竜巻を放った。
ハジャは直撃した竜巻に飛ばされ広間の岩壁に叩き付けられる。
「サイカっ!」
メティアが合図を出すと、サイカはその一瞬の隙にエリアスの元まで走り抜け、彼女そっと抱きかかえ救出した。
しかし、途端にハジャはもう一体の分身体をサイカの背後に生み出し。
「何をする?」
手に持ったステッキで彼女を突き刺そうとした瞬間。
「させねえよ!」
動きを予測していたバルタとリミナは同時に武器を構え、ステッキの刺突を弾いた。
一瞬の間にエリアスを奪還した彼らに、ハジャは溜息混じりに言った。
「強引な手段だな、黒エルフ。それに、魔力を放出する動作が全く見えなかった」
「相手に悟られずに詠唱の予備動作をするのは、私の特技なのさ」
「酷い事をする。ポロが来れば、王女は無事帰してやるつもりだったのだが」
「悪いね。人質を取られたままじゃ、こっちもやり辛いんだよ」
メティアは短剣を取り出し風魔法を刀身に纏わせ、ロングソードのようにリーチを伸ばす。
「ここからは交渉じゃなくて脅しだ。命が惜しかったら、大人しく情報提供しな」
「そう来るか。なるほど面白い」
一同がハジャに武器を向ける中。
興が乗ったハジャも、暇つぶしがてらに相手をしようと武器を構えた。
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