215話 最深部で待つ黒の導師 ルピナスサイド
冷気のような寒さと、辺りから漂う邪気。
この先は本当に冥界の入り口なのでは?
そう思う程、周囲の空気は混沌としていた。
「うはは、さすがは『世界の支柱』だな。容易に人が立ち入れない場所なだけある」
バルタは上方を見上げると、辺りをユラユラと浮遊する黒いローブが数体。
死の精霊、スルーアである。
「いひっ?! お、お化け」
「心配すんな、ナナ。あれは熟練者級の魔物だ。お前の敵じゃねえよ」
バルタの背中に隠れるナナの頭を撫で。
そして前方、後方から来る、死の軍団を見やる。
「あとは……首無し騎士に竜牙兵か。同じく熟練者級に、歩兵役の上級戦士級。はは、ここを守る守護者か何かか?」
「言ってる場合か! 囲まれたぞ」
サイカは剣を抜き、アルミスを庇うように前に立つ。
すると、アルミスはそっとサイカを横切り、魔物の群れに近づいてゆく。
「姫様っ、いけません! すぐに離れて下さい!」
「いいえ、この手合いは光魔法が有効でしょう? なら私が相手をしたほうが効率がいいわ」
そう言って、護身用にリミナから借りていた小型のクロスボウを手に取り。
「【天与の光】!」
前方に向けて、光魔法を纏った極大の矢を放った。
魔物の中で将軍クラスであろう首無し騎士に命中させると、その周囲に群がる竜牙兵をも巻き込み、敵を一網打尽にした。
「おぉ……姫さん、『黒龍の巣穴』で会った時より強くなってんじゃねえか?」
上級魔法を凌ぐ一閃に、バルタは思わず声が漏れる。
するとナナは頬を膨らませ、アルミスに対抗するように魔法を放った。
「消えて」
詠唱ですらない言葉を口にすると、彼女を中心にして、広範囲の光の波動が広がり。
その波動に触れた魔物達は、まとめて灰のように消滅していった。
「私のほうが、強い」
と、アルミスの前で胸を張るナナ。
「ええ、すごいです、ナナさん! 今の【悪霊浄化】ですよね? どうやったらそこまで精度を上げられるのか教えてほしいです」
しかし純粋に称賛するアルミスに、ナナの対抗意識はブレるのだ。
「え、いや……てき、とう」
「適当にやってあれだけの無詠唱魔法が使えるなんて……やっぱり類まれなる才能があるのですね」
まるで嫌味の無い笑顔を向けられ、ナナはそそくさとバルタの背に隠れ、赤める頬を彼の背中に埋める。
「うはは、照れてやんの」
面白気に笑うバルタに、ナナは杖の先端で背中を刺した。
「痛えっ! 馬鹿、叩くならまだしも石突で刺すな! あぶねえだろが」
「治癒」
と、バルタを突き刺した部分に治癒魔法をかけ、証拠を隠滅するナナ。
「これで、問題ない。私を怒らせたら、また刺す。そして、また治す、繰り返し」
「さらっと治癒魔法を拷問に使うんじゃねえよ。イカれてんのか!」
などと場が湧き立つ隅で。
「アタシら、今回出番なくない?」
「まぁ……姫様はアンデッド相手にはめっぽう強いからな。正直私が斬り込むより殲滅力は高い」
手持ち無沙汰なリミナとサイカは、モヤモヤしながら武器を収めた。
それからしばらく、アンデッド系の魔物を殲滅しながら進む一行は、やがて谷の底、最深部へと辿り着いた。
谷の底は岩々が円形に囲う広い空間であり、その中央には、『世界の支柱』が白紫色に輝き、天を突き刺すように昇っている。
そこに、『黒の導師』ハジャは立っていた。
「エリアス!」
彼の横には丁度ソファーくらいの平坦な岩があり、エリアスはそこで気を失ったまま倒れていた。
「私の妹を返して下さい! その子は関係ないはずです」
強大な力を持つハジャを前にして、怯まず彼の前に立つアルミスに、サイカは慌てて追いかける。
「姫様、離れて下さい!」
アルミスを自身の背中に隠し、ハジャと対峙するサイカ。
――なるほど……レオテルスが苦戦しただけはある。この男と向かい合っているだけで圧し潰されそうだ。
近くで目が合うと、その男の強さが鮮明に分かる。
自分一人の力では到底勝てないと、サイカは思った。
「……ポロは、来ていないのか?」
ハジャは周囲を見渡し、そう言った。
「邪魔が入っただけだ。遅れて来る。だから先にエリアス様を解放しろ!」
「それは交換条件になっていないな。ポロがここに来てこその約束だ。それとも力ずくで救出してみるかね? 『氷姫の魔剣士』、サイカ・カザミ・ベルクラスト」
「うっ……!」
ほとばしる殺気にたじろぐサイカ。
ここで下手に戦闘が始まると、二人の王女を守りながら戦うのは難しい。
サイカが選択を決め兼ねていると。
「ハジャ様、一つよろしいですか?」
ルピナスもハジャの元へ近づき、質問を投げかけた。
「あの子は、エルメルはどこにいるの?」
するとハジャは、ルピナスのすぐ後ろを指差し。
「っっ!」
突然何もない空間から、短剣を持ったエルメルが現れた。
――【透明化】?
腕にかすり傷を負うが、ルピナスは寸前でナイフを躱した。
「エルメル……あなた」
「…………」
その瞳は虚ろであり、無感情で機械的な顔をしていた。
「やっぱり……オールドワンに精神操作をかけられたのね」
エルメルは何も言わず、ただ無機質にルピナスへ刃を振るった。
「くっ……」
杖で防ぎながら後退するルピナスだが、親友である彼女に自分から攻撃することは出来ず、防戦一方の近接戦を強いられる。
「その娘については私も不本意だがね。オールドワンがその様に精神を変えたようだ。神の器となる体を奪われぬように、自己防衛の催眠を施してな」
そう言って、エルメルにルピナスの相手をさせている中、ハジャは再びサイカとアルミスに目を向ける。
「さて、君達はどうする? 何を望む?」
ご覧頂き有難うございます。