214話 冥人の住処 ルピナスサイド
影のように黒い見た目に不気味な面を付け、子供のように辺りを走り回る、人らしき何か。
ソレはバルタ達を興味津々で見つめ、無邪気に辺りを走り回る。
「おい、あいつ魔物か?」
殺意のない相手に、攻撃してよいものか迷うバルタ。
「あれは死んでいった人の成れの果て、冥人よ」
ルピナスは知った様子でその子供らしき者を見つめる。
「『時の魔女』が教えてくれたの。未練を残して死んでいった者や、自分が死んだことに気づいていない者、そういう人達がここに集まるんだって」
「は~、成仏出来なかった怨霊みたいなもんか。急に襲って来たりしねえの?」
「魔物と違って基本無害だそうよ。ただ冥人は、自分と関係のある生者が現れた時にのみ姿を見せるらしいわ。だからこの子も、この中の誰かと関わりを持った子供なんじゃない?」
と、ルピナスが言うと。
「お前……まさか」
ふと、グラシエとリノは同時に青ざめた様子で冥人を見つめた。
「この子もしかして、あーしらと同じ、キメラ実験の被検体だった子……」
リノは冥人の黒い肌に光る、番号のような印を見つけ、確信した。
すると突然、辺りから何十人もの冥人の子供が現れ、グラシエとリノを囲うのだ。
「ああ、腕に付けられた光る刻印。こいつら、オレ達が研究所に囚われていた頃の……妹達だ」
グラシエは膝を付き、自分の周りに群がる冥人を見やり、まとめて抱きしめる。
「ごめんな……オレにもっと力があったら、お前らを死なせる事はなかったのに……」
「姉御……」
「守れなくて……ごめん」
皆装着している面や多少の体つき、服装は違えど、同じく黒いシルエットをした見た目であり、早々見分けは付かない。
しかし、グラシエは彼女達の仕草や癖を全員覚えており、一人一人名前を呼んでは謝罪を繰り返していた。
そんな中、皆の前にもワラワラと冥人が姿を見せる。
「おい、その姿……竜人の民か?」
バルタは滅んだ竜人の国の者と顔を見合わせ。
「あんた……スラム街にいた闇商人……」
メティアも知人らしき冥人に呼びかける。
「……で、私とあなたの元には、アンセッタ家の先輩メイドが来るのね」
そしてタロスとルピナスの元にも、メイド服を着たようなシルエットの者が現れ、何かを訴えるように彼らを見つめるのだ。
「ねえタロス、やっぱり思い出せない?」
『思い出したくて思い出せるものではないからな。悪いとは思っている』
ルピナスは残念そうに溜息を吐く。
すると、冥人の一人が彼女に向けて声を発した。
「エ……メル、オジョ……サマ」
「メイド長……」
それは昔、エルメルとルピナスを襲撃者から守る為に犠牲となった、使用人の長のシルエットであり。
「シタ……イル……カ、ラ」
上手く喋れないのか、片言のように声を発し、しかしそれでも、必死にルピナスに伝えようとしていた。
「ユー……カ……、アナ、タ……、タ……スケ……テ……」
エルメルお嬢様を助けて。そう伝えたかったのだと理解して。
ルピナスは微笑を浮かべ、静かに頷いた。
「ええ、分かってますよ、メイド長。私はその為に来たんですから」
ルピナスの返事を聞くと、その冥人も静かに頷き。
そしてタロスほうに顔を向け言った。
「タロ……ス、サマ……ドウ……カ……ユー……カ、ヲ……」
ルピナスを守ってほしいと、懇願した。
彼女の記憶はないタロスだが、少しの沈黙の後。
『ああ、それがお前の望みなら、そうしよう』
せめてもの罪滅ぼしにと、彼女の望みを叶えると約束した。
「ご心配なく。今の私はあなたより強いから、適当でいいわ」
『そうか、ならせめて壁役にでもなろう。この人形の体も、なかなか頑丈だぞ』
などと、二人は会話を交わしているうちに。
冥人達は音もなく姿を消した。
亡霊の身である彼女達には、生者と関われる時間は限られているのだ。
そして、大勢群がっていた黒い人影がなくなり、あっという間に静かな谷へ戻ると。
ふと、リミナは呟いた。
「父様も、シャルナもいないのね、ここには」
亡くなった父親と、かつてのパーティーメンバーが現れるかと少し期待したリミナだが、彼女の元には誰も来なかった。
すると、サイカは、リミナの肩に手を当て。
「誰も現れないという事は、皆ちゃんと成仏出来た証拠だろう。良い事じゃないか」
「やだ、聞いてたの? 恥ずかしいじゃん」
無意識に漏れた呟きを聞かれていた事に赤面しながら。
「まあ、会って何か言うわけでもないしね。それよりこんなとこ早く抜けましょう。なんか本物の悪霊とか出てきそうだし」
吹っ切れたようにリミナはその場を離れる。
「そういえば、サイカとアルミスの前には誰か来たの?」
「ん、ああ……」
サイカは少し寂し気な表情を見せるアルミスを見やり。
「『黒龍の巣穴』で戦死した兵士達、だと思う。何やら謝罪をしているような素振りだった」
あまり思い出したくない過去が目の前に映った為、アルミスは若干ナーバスな気持ちになっていた。
「まあ、旧知の者に会えたからと言って、嬉しいばかりでもない。今は姫様をそっとしておいてやってくれ」
「そっか……」
仄暗き下界に住む、魂を縛られた冥人達。
彼らとの対話こそ、エルフの里が長年継承してきた神聖な行事であり、自分達の行いを正す道標となる。
善なる冥人の存在理由は、生者を導くこと。
冥人達が去った後、突然暗い空間に青い火の玉が浮遊し出し。
それらが辺りを照らしたことで、一同は下に続く下り坂を見つけた。
「あんなとこに道が……」
これもまた、冥人達による見定めである。
邪悪なる者をこの先へ行かせぬよう、彼らは番人の如く生者を吟味する。
彼らに認められた者だけが、冥界へ近づく権利を得るのだ。
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