207話 対峙する双方
ルピナスが現れるや否や、バルタはじっと彼女を睨んだ。
「よう、『黒龍の巣穴』では世話んなったな」
「あら、ずいぶん前のこと持ち出すのね。もう水に流してくれているものだと思っていたけれど」
「今思えばよ、巣穴の中にいた統治者級の魔物、あれ、お前が召喚したんだろ? 二体とも、あんな場所にいる魔物じゃねえもんな」
「ええ、そうね。けど、どうして私が召喚したって分かったの?」
「知人が色々教えてくれたんでね。……おかげでこっちは死にかけたぜ」
と、皮肉を言うバルタに、ルピナスは溜息を吐き答えた。
「……悪かったわよ。私もオニキスも、魔鉱石を守るので必死だったの」
「そういや黒龍も呼びやがったよな?」
「……突っかかるわね。あなた、私にどうしてほしいの?」
次々と吐き出る愚痴を面倒くさそうに返していると。
「協力はしてやる。ナナの恩人だっていうからな。だがその前に、姫さんに言う事あんだろ?」
と、バルタはアルミスを指差し、謝罪を要求した。
「姫さんをさらって拘束してる俺達が言える立場じゃねえが、お前は二度もセシルグニムに被害を及ぼしている。だから、謝罪くらいはしろよ」
バルタの催促に、ルピナスはアルミスへどう言おうか迷っていると。
「構いませんよ」
とアルミスは冷たく返した。
「あなたが介入しなければ、亡くならずに済んだ命がありました。セシルグニムに害を成したこと、どのみち私は許すつもりはありませんので、お好きにどうぞ」
「そう、それは助かるわ」
そう言って、ルピナスは彼女からそっぽを向けた。
バルタは「そうかい」とため息交じりに返すと、彼女にこれからの目的を問う。
「まぁ姫さんがいいならそれで。ところでルピナス、これから里の使いの者に、ここの封印を解いてくれるようにお願いしたんだけど、お前、ハジャに会ったらどうすんだ?」
「まず戦闘は避けられないと思うわ。……ハジャ様のいる場所に、私の親友もいるはずなの。彼女を救う為なら、命くらいは懸けるつもり」
「へぇ、魔物に任せっきりのお前がね~」
などと話を進めていると、アルミスはその話に待ったをかけた。
「ちょっと待って下さい。実は、ポロちゃんもその人に用があるのです。その人と戦うというのであれば、せめてポロちゃんと話をしてからにしてもらえませんか?」
と、彼女が深々と頭を下げると。
「ん、まあ、それは別にいいけどよ……」
「ダメだ」
バルタの言葉を遮って、ノーシスはバッサリと否定した。
「ポロ君をハジャの元へは行かせない。僕がさせない」
「おいノーシス、ガキの意地悪みたいなこと言ってんじゃねえよ。その後ポロにも協力してもらえばこっちも助かるだろうが」
「意地悪で言っているわけではありませんよ。正当な理由があって言っている」
と、頑なに否定するノーシスに、ルピナスも賛同した。
「私としても、あのワンちゃんをハジャ様に近づけたくないわね」
「はぁ? 何なんだよお前ら……」
否定的な二人にバルタが疑問符を浮かべていると。
噂をすればのタイミングで、ポロ達は彼らの前に到着した。
「姫様、エリアス様、ご無事ですか!」
二人の姿を見たサイカが駆け寄ると。
突然ノーシスは彼女の足下に弾丸を撃ち込んだ。
「動かないで頂きたい」
「ぐっ……貴様!」
冷静沈着にノーシスは立ち上がり、二丁の拳銃を構え、二人の頭に銃口を向けた。
「一歩でも動けば二人の頭が吹き飛ぶぞ」
「おのれ……その方達が国の王女と知っての無礼か!」
「ああ、よく知っている。だから人質の価値があるのだろう」
そして、ノーシスはバウロに視線を向けた。
「へぇ、あなたが来たのか……。大方、罪人だからと里の捨て駒にでもされたか?」
「まあな。だが、自ら望んでここに来た。アルミス様とエリアス様は、里の宝だ。私などの命よりも価値がある」
と言うバウロに、「結構」と冷たい目で返し。
早く封印を解けと、ノーシスは大岩のほうに首を振って合図した。
言われるがままにバウロは大岩の前に立ち詠唱を始める。
その間、ポロはノーシスをじっと見つめ。
「何だい? ポロ君」
視線に気づいたノーシスも彼を睨み返した。
「ノーシス、聞きたいことがあるんだ」
「そうか、けど僕は君に言いたいことはないんだ。拒否権を唱えるよ」
断られてもなお、ポロは無言で見つめ続ける。
ノーシスはそれが鬱陶しかった。
「そんな目で見ても、何も語る気はないよ。僕は早く仕事を――」
と、言いかけた時。
バウロの詠唱が終わると同時に、巨大な岩壁が轟音を立てて開きだした。
ノーシスはその音に反応し、チラリと谷の入り口へ目を向けた瞬間。
その刹那、ポロはノーシスの元まで一気に距離を詰め。
「なっ!」
彼の両手に持っていた拳銃を足で弾いた。
その一瞬の隙に。
「サイカ! リミナ!」
ポロが叫ぶと同時に、二人はアルミスとエリアスを抱え、後方へ避難する。
「ポロ……グレイブス!」
武装解除されたノーシスは、ギロリとポロを睨み付けた瞬間。
「さっきのお返しだよ」
ノーシスが反応するよりも早く、ポロは片足に【半人半蛇の尻尾】を生成し、彼の頬目がけて鞭打を打ち込んだ。
「ぐあっ!」
鞭のようにしなる黒い尻尾の直撃を受け、ノーシスは数百メートル先まで吹き飛ぶと。
その様子を見ながら、バルタは「やれやれ」と面倒そうに頭を掻き。
「あ~ポロ、姫さん達をさらったのは謝るよ。俺の監督責任だ」
「バルタ……」
「けど悪い、あいつも大切な戦闘要員でよ。あんまりボコらないでやってくれねえか?」
これから谷の最深部へ向かうというタイミングで、二人で争われると戦力が削れる。
バルタはそれを危惧し、ポロに停戦を訴えた。
その意図を組んだポロは渋々了承し、代わりに何故ここにいるのかを尋ねる。
「バルタは、どういう目的でここに来たの?」
「姫さんにも言ったんだがよ、俺達はハジャに用があって来たんだ。グリーフィルの勢力をこれ以上拡大させたくないんでね」
「どういうこと?」
と、二人が話していた矢先だった。
突如、入口から突き抜けるような、桁違いの魔力と圧迫感がはとばしる。
魔力を隠すことなく近づく、圧倒的強者の気配。
そして、程なくしてそれは現れた。
各々が目的の中心人物、『黒の導師』ハジャ・グレイブスが。
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