206話 一方、アルミスとエリアスは
淀んだ空気が漂う一帯。
ここは『冥界の谷底』、その入り口である。
魔力で封鎖された岩壁の前で、バルタ達は封印を解く使いが来るのを待っていた。
そこで囚われるアルミスとエリアスは、後ろで見張るノーシスを見ないようにしながら。
きっとポロ達が来てくれると信じて。
「姉様……」
「大丈夫、すぐ助けが来るから」
両手を縛られ、怯えた様子でくっつくエリアスを何度も落ち着かせていると。
ふと、二人の前にバルタがやって来た。
「……姫さん、その、悪ぃな。まさかさらってくるとは思わなくてよ……。事が済んだらすぐに解放するから、もう少しだけ待ってくんねえか?」
と、申し訳なさそうに謝罪をし、二人の体調を気遣うように毛布をかける。
「あの、せめてエリアスだけでも返してもらえないでしょうか?」
「まあ、そうだよな」
と言ってバルタはチラリと、後ろの岩に腰を掛けるノーシスに目を向けると。
「すみませんが、お二人がセットでいる事に交渉価値があるのです」
拳銃の手入れをしながら、冷たく返答した。
「こう言ってはなんですが、王家の跡継ぎは一人が消えても、もう一人が残っていれば血筋は絶えない。つまりは最悪、どちらかを見捨てるという決断を下す可能性もあるのです」
「おい、ノーシス」
「そういう観点から見て、二人を同時に捕らえてしまえば、頑固な族長も話を呑み込むしか道はなくなる。王女様達にはご不便をおかけしますが、今しばらくお付き合い下さい」
と、口調こそ敬称ではあるものの、その目は『絶対に逃がさない』と訴えているように鋭かった。
「……っつって聞かなくてよ。ホント、もう少しの辛抱だから。あ、携帯食あるけど食うか?」
「いえ、結構です」
「あ~、そっか……」
気まずい空気にバルタがソワソワしていると。
「バルタさん、一つお聞きしてもよろしいですか?」
ふと、アルミスが尋ねた。
「おう、なんだ?」
「皆さんは、どうしてここまでして『冥界の谷底』へ入ろうとするのですか?」
「おう……いきなり核心突いてくるじゃねえか」
「こうして王族の私達を誘拐してまで成す目的なら、余程のことですよね? 国にこの事がリークされれば死刑になる罪です」
「急に脅してくるんだな。それで?」
「私が身を挺して人質になっているのですから、皆さんの目的を聞く権利くらいはありますよね?」
そう言うと、バルタは「わかったわかった」と降参するように両手を上げ。
バルタは自らの目的を話した。
「こいつは最終的に、グリーフィルへの復讐につながる行動だ」
「グリーフィルの?」
「ああ、ついでに世界も救ってしまうかもしれない、妄想ありきの話だよ」
彼女は首を傾げ、再びバルタに問う。
「どういう意味でしょう?」
「この谷の最深部に、『黒の導師』って奴がいるんだと。この間、姫さんの国もそいつに襲撃されたらしいじゃねえか」
「ええ、名をハジャと」
「そう、そいつ。そのハジャって奴にちょっと話があって来たんだよ。で、ポロもそのつもりなんだろ?」
アルミスは驚き口を開いた。
「どうして、それを?」
「こっちにも色々伝手があってな。で、上手くすればポロ達が谷の封印を解いてくれると踏んで俺らも来た。だが族長が要求を呑んでくれず、諦めたんだろ?」
するとノーシスは間に入り、アルミスに告げる。
「僕が懐柔したエルフ達からその情報を得ました。それで、エリアス王女を人質に取ろうと考えたのです」
「それはお前の独断だけどな!」
色々と明かされる彼らの目的に、アルミスは一応の納得はしたものの。
未だ分からない事はある。
「バルタさんが見境の無い悪人でない事は理解しました」
「そりゃどうも」
「ですが、その『黒の導師』と話をすることが、どうして復讐に繋がるのですか? 世界を救うとも言っておりましたよね?」
彼らがハジャと、延いてはグリーフィルと、どういう関係を持つのかアルミスは問うと。
「グリーフィルの軍師、オルドマン・ハージェストを知っているな? 近頃、名立たる先進国に片っ端から戦争を吹っかけては勝利を収めている、世界最強の軍師だ」
「はい、セシルグニムを襲撃したのも、オルドマンの命令だったと聞いてます」
「その軍師様の右腕として活躍しているのが、ここにいるハジャなんだよ。そいつが戦場に現れれば、優勢だった戦況が一気に覆される……そんな伝説もあるみたいだ」
「あなた達はその人に何と仰るつもりですか? これ以上国同士の争いに関わるなとでも?」
「端的に言えばそうだが、まあ聞くわけはねえと思っている」
「では、どうするのです?」
するとバルタは懐から懐中時計を取り出し、そろそろ頃合いだと周囲に目を向ける。
「まあ、力ずくになる可能性があるな。これから来る女も、それを望んでいる」
これから来る女とは?
アルミスが疑問に思っていると、突然皆の前に【空間の扉】が生み出され。
中から現れたのは、先日セシルグニムを襲撃したルピナスだった。
「あなたはっ……!」
「あら、こんなところで王女様に会うなんて……、早くも未来とズレが生じてるみたいね」
意味深なことを言いながら。
「ナナ、久しぶり。準備のほうは順調?」
「多分、もうすぐ、入れると思う」
ナナと親し気に話す彼女を見ながら、アルミスは彼らとの関係性を疑うのだった。
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