205話 王女救出に向かう道中
案内役のエルフ、バウロに先導され、ポロ達は谷へと歩を進めた。
他の飛行士達は宿に待機してもらい、今回『冥界の谷底』へ向かうのはポロ、タロス、メティア、そしてサイカとリミナである。
ミーシェルは万が一里が襲撃された時の護衛として残らせ。
皆はアルミス、エリアス救出に向けてひた歩く。
その道中、リミナはポロに尋ねた。
「ねえ、ノーシスだっけ? アルミス達をさらった奴」
「うん、それが?」
「要望通りに谷の封印を解いたところで、二人を素直に返すと思う?」
「賊じゃないんだし、用が済んだら皆殺し、みたいなことはしないでしょ」
「でもさ、封印を解いたはいいけど、彼らが中に入っている間にもう一度谷を封印しちゃったら、彼らは出れないでしょ?」
「……うん」
「その行って帰ってくるまでの保険として、二人を人質に取ったまま中に入ったりしないかな?」
リミナがそう言うと、ポロの代わりにサイカが答えた。
「その時は連れていかれる前に奴を斬る」
怒りを露わにしながら、サイカは剣の鞘を握り絞めていた。
剥き出しの感情に「おー怖っ」とリミナは冗談交じりで返していると。
「……やはり、他種族は野蛮だな」
ぼそりと、案内役のバウロが言った。
サイカは鋭い視線を浴びせると。
「お言葉ですがバウロ殿、あなた方も先程、我々を襲おうとしていたと聞いております。加えて里で禁じられている闇取引きの前科もあるとか……」
言い返しとばかりに掟破りのワードを出しマウントを取る。
「はは、反論のしようもありません。ですが、それらしい弁解を述べさせて頂くなら、その行為は里の為を思ってのことです」
そうバウロは告げる。
「自給自足、平和主義、そんな聞こえの良い言葉で正当化しておりますが、実際は他国との繋がりが薄い為貿易が結べず、また、争いの火種を受ければ瞬く間に里は滅びるのです。だから里を守る為に、掟に反してでも魔道具を密輸し自衛の術を得る必要があった」
汚職に手を染めてでも、長い歴史を誇るエルフの里を守りたい。
そんなバウロの意志が垣間見えた。
「私達はただ静かに暮らしたいだけだ。なのに、いつもあなた方は同族同士で争いをしたがる。今回の件は私達も関与しているとはいえ、元をただせばあなた方外の者達の争いだ。欲を出した醜い争いにエルフが巻き込まれたのだ。……だから、私は他の種族が嫌いだよ」
その言葉にサイカも押し黙り、一同に気まずい空気が流れる。
すると、突然メティアはバウロの隣に歩み寄り、彼の肩に腕を回した。
「まあまあ白エルフさん、一服でもして落ち着きなって。ほら」
ポケットから取り出した煙草をバウロの口に押し当てると。
「いや、私はそういう嗜好品は……おっ?」
有無を言わさず口に咥えさせ火をつけた。
渋々バウロは煙草の煙を吸い込むと。
「げほっげほっ、なんだこれ……」
「あはは、初めて吸うとそうなるね。まあ慣れだよ」
案の定盛大に咳き込むバウロの口から煙草を取り上げ、結局自分が吸うのだった。
「そうカリカリするもんじゃないよ。サイカ、あんたも」
「メティア……」
メティアは暗い雰囲気をかき消そうとしていた。
くだらない事でいちいち喧嘩するなと、そう訴えるように。
「種族がどうだの、掟だの罪だの、そんなもん人のモラルの持ちようだろ。私も散々種族の壁は味わったし、窃盗や密売をやらなきゃ食っていけない時期もあったさ」
「…………」
「自分の中に揺るがない正義があれば、それでいいと思う。人が争うのは互いの正義が反発するからさ。でもね、こんな黒エルフの私にも、手を差し伸べてくれる獣人の女の子がいたから、世の中悪い奴ばかりってわけじゃないんだよ」
メティアの言う獣人の子とはクルアの事を言っているのだと、ポロは思った。
治安の悪い町で育った彼女が、初めて出会った眩しい光。
闇に汚れた自分を、外に連れ出してくれた親友だった。
メティアの気遣いを察したバウロとサイカは互いに俯き。
「メティア殿……すまなかった」
「すまん」
二人は頭に上った血を消沈させる。
メティアは煙を吐きながら「いいから行くよ」と軽く流し。
「ノーシスとも話つけなきゃなんないしね、私らが揉めてちゃ、あいつの思う壺さ。そういう痛いとこ突いてくるのがノーシスだからね」
気にするなと言わんばかりに、メティアは一人で進んでゆく。
そんな彼女にポロは笑みを浮かべ、尻尾を振りながらメティアにすり寄りその手を握る。
「ん、なんだい?」
「ふふ、何でもないよ」
素っ気なく接しながらも、根は優しい姉御肌の黒エルフ。
ポロの懐いた犬のような行動は、昔から変わらぬメティアに対しての、変わらぬ愛情表現だった。
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