202話 見知った誘拐犯
ポロはアルミスの声が聞こえたほうへ駆け抜ける。
族長の家の前に着くと、彼女がいるであろう二階の窓まで跳躍し、窓を蹴破り強引に中へ入った。
すると、そこにはエリアスが男に捕らえられ、頭に拳銃を突き付けられた姿が……。
「エリアス!」
族長とアルミスは、エリアスが人質に取られている為その場を動くことが出来ず。
エリアスに銃を突き付ける男は、突然現れたポロを見るなり、小さく溜息を吐く。
「会いたくないと思っていると……会えてしまうんだなぁ」
言いながら、銃を持つ手で眼鏡の位置を整え、ポロを冷たく見つめる。
その姿はポロがよく知った男であり。
「ノーシス! どうしてここに? それに、なんてことしてるのさ……」
彼としてはポロと顔を合わせたくはなかったが。
しかしポロがここに駆けつけたのは、ノーシスとしても予想外だった。
仕方なく、ノーシスはこれ見よがしにエリアスへ銃口を向ける様をポロに見せつける。
「動くなよ、ポロ君。僕は状況によっては子供でも躊躇ったりはしない」
一歩でも動けばエリアスの頭を撃ち抜く。ノーシスはそう脅していた。
「ね、姉様ぁぁ……」
目に涙を浮かべながらアルミスに助けを乞うエリアス。
「お願いです、その子を離して下さい。人質なら私が代わりますから」
だが、ノーシスからの返答はない。
何故ここにノーシスがいて、何故エリアスを狙うのか、ポロは聞きださずにはいられなかった。
「質問に答えてよ、ノーシス。どうして君がここにいて、王族であるエリアスに銃を向けるのか」
「この状況でも冷静なんだな。理由は、今から族長と話す内容で察してくれよ」
と言って、ノーシスは族長に視線を向けた。
「フークリフト殿、僕の頼みを聞いてくれますか? 我々はすぐにでも『冥界の谷底』へ向かいたいのですが、結界が強力でしてね。あなた方始祖のエルフのお力で結界を解いてほしいのです」
「しかし……私共には掟が……」
「ええ、存じております。あなた方の生真面目な性分はね。ですがその掟とやら……ご自身のお孫さんの命よりも重いものでしょうか?」
ガチリとエリアスの頭に銃口を当て、急かすように訴える。
「そ、それは…………」
族長は拳を握り、歯を食いしばり、決め難い選択を強いられる。
里の掟は絶対。それは古くから受け継がれてきた誇りである。
それを、エルフの代表である族長が掟を破る事は、長く続いた歴史に泥を塗ることに他ならない。
孫の命一つでその体制を崩して良いものなのか、族長は決められなかった。
「いい加減にしなよ、ノーシス」
その決断の最中、ポロは横槍を入れる。
「さっき複数人のエルフが僕達を襲おうとしたんだ。冒険家の男に命令されたって。あれ、君の差し金だよね?」
「根拠もなく僕を疑うのか……っていうごまかしは君に効かないよな。ああ、そうだよ。それが?」
「返り討ちにしたからその件は別にいいんだけど、僕達を捕らえ損ねたのは失敗だよ。アルミスの声を聞いて、もうすぐみんなもここに集まってくる。君一人でその状況を切り抜けられるの?」
すると、ノーシスは鼻で笑い。
「一人で来ると思うか?」
そう言うと、突然ノーシスの背後から【空間の扉】が生み出され、空間からナナが現れた。
「ナナ……」
「ナナさん?」
ポロとアルミスは同時に彼女に問いかけるが、ナナは二人を見向きもせずノーシスに視線を向ける。
「ノーシス、そろそろ」
「ああ、そうだね」
ナナに催促され、ノーシスは早急に族長に訴える。
「フークリフト殿、あなたが決め事に頑固なのはよく分かった。ならこれはどうでしょうか?」
そう言うと、ノーシスは突然エリアスを【空間の扉】の中へ投げ入れ。
「エリアスっ!」
慌てて追いかけようとしたアルミスの手をノーシスが掴み。
「えっ……あっ!」
彼女も同じく【空間の扉】の中へ入れられてしまった。
「ノーシス!」
怒りを露わにしたポロはノーシスに飛びかかり、手に持った拳銃を取り上げようと迫るが。
「舐めるなよ」
向かい来るポロの腕を払い除け。
ポロと同等の素早く身軽な体術で、彼は応戦した。
「アルミス達をどうするつもりさ!」
「安心しろよ、殺しはしない。大事な交渉材料だから……ね!」
突如、ノーシスは銃の引き金を引きポロに弾丸を放つが。
寸前でポロは弾を避け、バク宙で回避しながらそのまま天上に張り付く。
「ナナ」
「うん……捕獲」
と、ポロが一瞬動きを止めた間に、ナナは彼を覆うように透明の結界を生み出し、ポロを拘束した。
「なにこれ……ビクともしない」
「ナナの防御結界だが、それはかなり頑丈だぞ。魔法の効果が切れるまで、そこで大人しくしているんだな」
バンバンと何度叩いても割れない透明の壁からポロは叫ぶ。
「出してよ、ナナ! ノーシス!」
その声に聞く耳持たず、ノーシスは族長に告げる。
「フークリフト殿、僕達は『冥界の谷底』の入り口で待ってます。期限は明日の昼まで。それまでに決めて下さい」
それだけ言って、ノーシスは【空間の扉】に入ろうとすると。
「ノーシス、僕を怒らせたこと、後悔させるよ」
去り行くノーシスに、ポロは宣戦布告を告げる。
すると。
「その顔で……その声で……これ以上僕の名を呼ぶな、偽物め」
ノーシスは眼鏡の位置を整え、怒りの込もった眼光を突き付ける。
そのまま振り返らず、ノーシスは去っていった。
最後にナナはポロに頭を下げ。
「……ごめん、なさい」
それだけ言って、彼女も【空間の扉】の中へ消えていった。
何も出来ぬまま、空間が閉じられる光景を眺めながら。
「……偽物」
ノーシスが最後に吐いた台詞が、ポロの頭から離れなかった。
ご覧頂き有難うございます。




