199話 神聖なる集落、エルフの里
長い空路を辿り、ポロ達はようやくエルフの里へ到着した。
「うわぁ……この森、木がおっきいね~」
「ここに生えている樹木は太古からある原生林だから、他よりも規模が大きいの」
物珍しく見つめるポロに、アルミスは自慢気に説明をする。
「なんか、アルマパトリアを思い出すな~」
「たしかに、少し懐かしい感じがするわね」
ポロの隣でリミナも大きく息を吸い込み、故郷に似た空気を堪能していた。
「さすがに妖精の町程広くはないけど、ここも豊富なマナに溢れているからエルフにとっては良環境なの。メティアさんもそうでしょ?」
と、アルミスはメティアに振ると。
「まあね、体中に森のマナが染み込んでくるよ。……ところで、ここって白エルフしかいないんだろ? 私がいて嫌な顔されないかね?」
心地よい空気を吸いながらも、彼女は黒エルフの差別文化を懸念していた。
「私はそういうのに疎いので分かり兼ねますが、しかしハーフエルフの私にも親しく接してくれるので、あまり気にしなくても良いと思います」
「でも、黒エルフを招くのも初めてだろう? まあ、立ち入り拒否されたら私は飛行船で待ってるよ」
と、差別に慣れた様子でアルミスに返す。
「そんな、私がお爺様に伝えますので安心して下さい」
「あ~いいって。古参のエルフほど迫害意識が強いからね、集落の風習はどうにもならないさ」
あまり期待していない様子でメティアは軽く流すと。
それを見たポロはメティアの腕にくっつき。
「もしそうなったら、僕はメティアと一緒にいるよ」
無邪気な笑顔を見せる彼に、メティアは母性疼きわしゃわしゃと頭を撫でた。
「もう……ありがと」
しばらく森を進むと、前方に『ここよりエルフの里』と書かれた札が立っており。
同時に、木の上から二人のエルフが飛び降りてきた。
弓や短剣を武装した姿から、この森の遊撃隊と思われるエルフ達は、アルミスを見るや否や彼女の前に跪き。
「ようこそおいで下さいました、アルミス様」
表情変えず、堅苦しく挨拶を済ませる二人。
「お久しぶりです。今年もお招き下さり光栄です」
アルミスとサイカも深々と頭を下げると、彼女らの後ろに控えていたポロ達を見やり。
「お連れの方は……アルミス様のお知り合いで?」
疑うような視線でアルミスに問う。
「はい。国から依頼した飛行士達と冒険家の皆様です」
そう言うと、エルフの一人は何やら念話を飛ばす仕草をし、もう一人のエルフは「少々お待ち下さい」と皆をその場にとどまらせた。
数分後、念話を終えたエルフは。
「大変お待たせ致しました。それではご案内させて頂きます」
何事もなかったかのように、彼らは皆を里へ案内した。
しばらく森を進むと、やがて集落のような開けた場所が見えてきた。
「あぁ、懐かしい……ここはいつ来ても変わらないな」
アルミスはしみじみとノスタルジーに浸っていると、案内役のエルフが彼女に語り始めた。
「この地は数万年前から変わらず伝統を守り続けております。時代の流れに逆行しているとの不満があり、毎年里を抜ける若者が増えておりますが、先人の教えを世に残していく事こそ、我々始祖の血を受け継ぐエルフの役目だと思っております」
「大変立派な考えだと思います」
案内役のエルフにアルミスも共感するが。
しかし、続けて言うエルフの言葉にアルミスは疑問を抱いた。
「やはり族長のお孫様であらせられる。アルミス様には我々の思想をお分かり頂けると思っておりました。古来から続く始祖の血を守り、我らが人族の頂点であることを世間に認められる為にも、私達は伝統を守り続けるべきなのです」
「え……あの……」
「世界人口で一位、二位を争う人間や妖精などよりも、我々始祖のエルフこそが世を統一するべき種族であるのは間違いない」
「いえ……私はそこまで……」
「あなたも半分は人間の血を持って生まれた不幸なお方。しかし、もう半分は偉大なる始祖の血が流れているのです。あなた様をハーフだからと軽蔑する者はこの里にはおりませぬ。自信をもって始祖のエルフを名乗るとよろしい」
徐々にトゲついた口調になってゆくエルフに、周りも不信感を抱き。
「そういうこと、よくこれだけの種族がいる前で言えるねえ」
ぼそりと、メティアは言い返した。
「何だと?」
「ずっと世界から隔離された狭い場所で生きてきたから、自分達の価値観でしかものを見れないんだねぇ。可哀そうに」
「貴様っ、我らを愚弄するか! ダークエルフが」
「あんたらみたいなの、井戸底の蛙って言うんだろうね。小さい世界でイキがってるだけさ」
メティアの反論に激高したエルフ達が短剣を引き抜くと。
その瞬間、ポロ達も同時に武器を構え。
「ぐ……この!」
「やめようよ、下らない口論する為に来たわけじゃないんだ、僕達」
エルフが刺しかかるよりも早く、ポロとリミナの刃は彼らの眼前に向けられており。
これ以上の抵抗は出来ず、エルフ達は大人しく武器をしまった。
するとサイカは二人の前に立ち。
「うちの者が粗相をおかけした。申し訳ない」
深く頭を下げると、「しかし」とサイカは続ける。
「先に煽ってきたのはそちらであり、彼らが刃を向けたのはお二人が先に武器を抜いたからだ。誇り高き始祖のエルフであるならば、我々の模範と思われる様、周りに気を配れる方々であってほしい」
というサイカの言葉に、二人のエルフは深く息を吐くと。
「……たしかに騎士殿の仰る通り、少しばかり大人げなかったな。アルミス様のお連れの方だというのに失礼なことを言った。黒エルフの方、すまなかった」
意外にも素直に非を認め、メティアに謝罪した。
「いいよ、種族のしがらみは、私もよく知っているから」
互いに怒りが収まると、一同は再び族長の家に向かう。
道中、アルミスはサイカを見つめ、優しく微笑んだ。
それは、以前の彼女では友好関係を結んでいる権力者相手に、一介の冒険家や飛行士を庇うような発言など口にしなかった為。
おそらくポロ達と行動を共にしていく中で、彼女の中で凝り固まった思考が変わり始めているのだろうと考え。
そんな従者を、アルミスは嬉しく思った。
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