１話 フリングホルンの運び屋
地平線の彼方まで、どこまでも続く晴天。
その広大な景色の中で一隻、空飛ぶ船は優雅に泳ぐ。
「見てよメティア！ 飛竜の群れがあんなに近くに！」
甲板から見える、ドラゴンと呼ばれる爬虫類型の魔物の群れを眺めながら、獣人の少年は意気揚々と共感を求める。
彼の名はポロ、獣人と呼ばれる種族であり、血筋の濃さによって人よりか獣よりかの外見が変わる人族。
その中でもポロは比較的人間よりであり、黒毛の耳と尻尾が目立つ程度の犬型獣人にあたる。
「へえ～、ワイバーンが群れで飛んでるってことは、そろそろ産卵の時期なんだろうね。栄養を蓄える為に多くの魔物を捕らえて、巣の中で備蓄するんだよ」
と、興奮気味に話す少年とは対照的に、褐色肌の女性はあまり興味なさそうに飛竜を眺めていた。
彼女はメティア。黒エルフ、もしくは差別用語でダークエルフと呼ばれる種族。長い耳と褐色肌、そして魔術の素養が高いことが特徴である。
「カッコイイな～、僕、昔竜騎兵に憧れていたんだ」
「憧れで止めておいて正解だよ。ドラゴンを手なずけるなんて余程のブリーダーじゃなきゃ出来ないし、そもそも竜騎兵なんて貴族様じゃなきゃなれない上級職さ。私らにゃ縁のない話だね」
少年の夢を一蹴しながら煙草を吹かせ。
「というかポロ、あんた船長なんだから子供みたいにはしゃぐんじゃないよ。もっとどっしり構えな」
まるで威厳のない少年にダメ出しを加える。
「え〜、どうせ到着まで時間があるんだし、せっかくなら楽しく空の旅をしたいじゃない？」
しかし全く気に留めず、尻尾を振りながら浮かれる少年に溜息を漏らした。
「タロス、あんたも何か言ってやんなよ？」
二人の様子に無反応で魔導飛行船のハンドルを握る男は、依然として表情を変えぬまま。
というのも、彼の体は木製の人形で出来ている為そもそも表情がない。
種族的にはゴーレムと呼ばれる、物に魂を宿らせた魔法生物である。
そんな彼はわずかながらにメティアへ振り向き。
『……ポロはそのままでいい』
と、音声を伝える魔鉱石で一言だけ言うと、再び前方へ向き直り黙々と操縦を継続する。
「ったく、うちの船員はなんでこうポロに甘いんだろうね……」
『お前もだろ？』
「うっさい！」
そんなやり取りを交わしながら、彼らは目的の町へと進んでゆく。
彼らは世界で最も航空業が盛んな町、フリングホルンの飛行士である。
魔力を有した鉱石を燃料にして飛ぶ移動機、魔導飛行船で空を駆け、運送ギルドに所属しながら斡旋された仕事をこなしてゆく。
そんな飛行士の末端である彼らの仕事は、大体が貨物の輸送。
飛行士というだけで世間的には重宝される職業だが、下っ端の彼らに回ってくる仕事はどれも低コスト低予算、簡単だが時間と報酬が見合わない仕事ばかり。
そのはずだったが。
「それにしても今回の仕事は異例だよね。まさか空中都市セシルグニムの国王様直々の依頼を僕らが受けられるなんて。ようやく僕達の活躍が認められたか……」
しみじみと頷くポロ。
今まで安い仕事しかこなせなかった彼らが初めて抱えた大仕事、王族の依頼を推薦されたことでポロは目に見えて上機嫌だった。
「んなわけあるか。王族の依頼だよ？ もしこの依頼を達成出来なかった場合、相手が悪けりゃ私達の首が吹っ飛ぶんだよ。仕事的な意味じゃなく文字通りね」
と、メティアは今回の仕事にあまり乗り気でない様子で返す。
「なんで他の隊がこの依頼を受けなかったか分かる？ みんな失敗した時のリスクを恐れて断ったのよ。で、巡り巡ってその厄介事が私らに回ってきただけ。じゃなきゃこんな責任重大な依頼が小さな隊に任されるわけないでしょ。なのにあんたときたら何も考えず承諾しちゃうから…………」
と、ぶつぶつ小言を言うメティアに笑顔で返し。
「けど、もう依頼内容の『浮遊石』は確保したんだし、あとはセシルグニムのお城に届ければいいだけだよ」
まるで緊張感のないポロに、メティアは再び溜息を洩らす。
「いや……考えたくもないけど、空路を渡っている最中に魔物が襲ってきたり船が故障したり、そういう不運に見舞われたらって思うと気が気じゃないのよ私は」
「それは考えすぎじゃ……」
などと話していると。
「船長、地上のほうで荷馬車が一台ゴブリンライダーに追われているんですけど、馬車の近くで救難信号出しましょうか？」
不意に、見張り台で地上の様子を覗いていた乗組員がポロに指示を仰ぐ。
ポロとメティアは筒状の遠眼鏡で地上を覗くと、そこには十数体の小鬼、ゴブリンと呼ばれる魔物が小型飛竜に乗り空から荷馬車を追いかけていた。
さらに地上から牙狼種の魔物、ガルムに乗り荷馬車の後を追うゴブリン達の姿も。
「あ～、ありゃ間に合わないね。私らが救難信号を出したところで、運良く近くに討伐隊、もしくは大人数を相手に出来る冒険家がいなけりゃ意味がない。あの御者には悪いけど見捨てるしか……」
と、メティアはあきらめるが。
「悪いけど、ギリギリまで高度を下げてもらえる？」
ポロは荷馬車を捉えたままタロスに伝えた。
「ちょっとポロ！ あんたまさか、ゴブリンの群れに突っ込む気じゃないだろうね？」
「うん、そうだよ」
「バカ、そんなことしてる暇私達にはないだろう！ それにあんたに何かあったら……」
と心配そうに返すが。
「このままだとあの人はやられてしまう。助けられるなら助けてあげたいんだ」
ポロの意志は固く、もはや何を言っても聞かないのだろうとメティアも折れた。
「僕一人で行ってくるから、何かあったらよろしく…………ぅおっと？」
すると、黙って聞いていたタロスは、急激に飛行船を下降させ地上へと近づく。
『三分でつける。揺れるから気をつけろ』
「ありがと、タロス」
一定の距離まで詰め寄ると、ポロは風圧防止のゴーグルを装着し、手すりに足をかける。
「……無理はしないこと、いいわね？」
「うん、じゃあ、ちょっと行ってくるね」
そう言って、ポロは甲板から飛び降りた。
地上まではまだ距離がある。パラシュートもなく飛び降りれば普通は即死の高さ。
するとポロは空中で魔力を込め、何もない空間に向けて魔法を唱える。
「【暗黒障壁】」
ポロがそう唱えると、彼が落下する位置に紫色がかった足場が生成された。
これは自分が念じた先の座標に空間の壁を作る魔法であり、生み出された壁を蹴ることで落下の衝撃を抑え、宙に幾つも設置すれば壁蹴りをしながら自在に空を移動出来る。
補足を加えると、術者が障壁に触れるとわずかながら闇属性の身体強化が付与され、一時的に脚力が上がりスピードも上乗せされる。
そしてゴブリンの群れまで接近すると。
「ごめんね」
そう言って、障壁に足を付け思い切り踏み込み、手甲に仕込んだ鉄製の爪でゴブリンの首元目掛け突進。……そして。
たった一掻き、その一瞬でゴブリンの首は刎ねられた。
再び障壁を生み出し足場を作ると、獣人の脚力をバネに跳躍し、次々とゴブリンの首を刈ってゆく。
それは宙に舞う黒き獣。
彼の戦いぶりを見て、ある者はこう言った。
死を招く者、黒妖犬と。
本日より連載始めました。
毎日投稿は難しいと思いますが、それでもご覧頂けるのであれば、ホントもう……大変嬉しく思います。心躍ります。
どうぞ宜しくお願い致します。
