195話 酒場で昼食
セシルグニム襲撃からひと月が経ったある日。
荒々しく破壊された中央街も今ではすっかり元に戻り、町に活気が溢れる中。
とある酒場にて、ポロは一人ランチを楽しんでいた。
「んく、んく……ぷはぁ! お姉さん、ミルクおかわりちょうだい」
ミルクの入ったジョッキを一気に飲み干し、エルフのウェイトレスに追加を頼むポロ。
「あらポロちゃん、今日はいつになく良い飲みっぷりじゃない」
「明日また遠出するからね、今日は飲み納め」
「へぇ~、今度はどこに出張するの?」
すでに常連となったポロは、フレンドリーに店員と会話を弾ませるが。
「エルフの里」
「ひっ……!」
ポロが運行先を伝えた途端、エルフの女性は顔を強張らせる。
「お願いポロちゃん! 私がこの国にいる事は絶対口外しないで!」
「ん?」
必死に懇願する女性に首を傾げるポロ。
「実は私、エルフの里出身なんだけど……、規則に縛られるのが嫌で里を抜け出してきたの」
「ああ……たしかあそこ、ルールが厳しいって聞くよね」
今回ポロが向かうエルフの里とは、エルフの始祖が住んでいたとされる土地であり、昔ながらの風習が色濃く残る厳格かつ神聖な場所である。
「里抜けがこの国にいるってバレたら、エルフの遊撃隊や暗殺者が私を狙ってやって来るかもしれない……だから絶対私のことは口にしないでね?」
「急に物騒なこと言うね……。言うつもりはないけどさ」
深刻そうに告げる彼女をなだめながら。
「それにしても暗殺者って……里を抜けただけで命を脅かされるものなの?」
過剰過ぎる粛清に疑問を浮かべた。
「いいえ、さすがに命までは取らないわ。でも……許可なく里を抜けた者が捕まると、一年間の軟禁生活を送らなきゃいけないの」
が、思ったよりも軽い刑で済むことにホッとする。
「なんだ、そこまで重い刑罰じゃないじゃん」
「何言ってんの! 里にいるうちは動物性の食物を摂取することを禁じられるのよ? 一年間お肉が食べられないの! そんなの、獣人のポロちゃんは耐えられる?!」
――宗教的な理由か……。まあ、今どきのエルフには辛いかもね。
純血のエルフほど反動物摂取主義(ヴィ―ガニズム)が強く、動物を喰らうことを固く禁ずる風習がある。
「気持ちは分かるよ。僕もお肉大好きだし」
「でしょう? それに……他種族との密接な交流も良い様に見られないしね」
と、急に女性は近くにいた男性店員の頬を撫でまわす。
「え……あの、先輩?」
突然舌なめずりをしながら熱い視線を送る彼女に困惑する男性店員。
アダルトに火照った表情を浮かべるエルフの女性に、ポロはポカンと見つめていた。
「お姉さん、別の理由で捕まりそう……」
「私、夜は娼館で働いているの。ポロちゃんも、もう少し大人になったらお姉さんが相手してあげるわね」
「う~ん?」
娼館の意味が分からないポロが疑問符を浮かべていると。
「こらエロ店員! ポロに変なこと吹き込むな!」
たまたま店に入店したリミナがズカズカとやってきた。
「あらリミナちゃん、いらっしゃい。何飲む?」
「発酵ビアジョッキで!」
不機嫌そうに注文しながら、リミナは体を預けるようにポロの隣に腰かける。
「奇遇だねリミナ。君も今からお昼ご飯?」
「昼飲みよ。あんたのことだから、どうせここで昼食取ってると思って来たの」
「そうなの? じゃあ一緒に飲もう」
言いながら、エルフの女性が持ってきたジョッキを持ち乾杯を誘う。
「お酒飲めないくせに一丁前な」
コツンと樽の容器を軽く打ち付け、互いにドリンクを喉に流し込む二人。
半分程飲み終えたリミナは、一呼吸置いたのち、ふと。
「ねえ、本気で行くつもりなの?」
唐突に、彼女はポロに尋ねた。
「ん?」
「『冥界の谷底』。この間町を襲った男がいるんでしょ?」
リミナの言う男とは、言わずもがなハジャのことを指していた。
「うん、行くよ。その為に、わざわざ王様が僕達に仕事の依頼をしてくれたんだから」
と、ポロは迷いなく言った。
今回の依頼は、アルミスの祖父母の家に彼女を送り届けるというもの。
アルミスの母、リースライトの故郷であり、毎年決まった時期に彼女はエルフの里へ顔見せに行くのが恒例行事だった。
何故ポロ達に依頼が回ってきたかというと。
エルフの里の領地には『世界の支柱』が一つ、『冥界の谷底』があり、里のエルフ達がそれを管理しているからだ。
「ま、今更言っても遅いか。アタシも行くって言っちゃったし」
そして、彼らが仕事を受ける事となった経緯は、ひと月前にさかのぼる。
ご覧頂き有難うございます。
新章に突入しました。どうかご閲覧のほど、よろしくお願い致します。