192話 いつか訪れる終末 未来の事象
赤黒く光る地平線、淀んだ空気、地中から吹き出る、黒い霧状の何か。
そして一番目立つのは、空に浮かぶ巨大な惑星。
ここいら周辺同様に、薄暗く淀んだ色をした星。
まるで向こうにもここと同じ世界があるようで……。
至近距離で浮かぶその星には、一本の光の柱が伸びており。
それが『世界の支柱』であると気づくのに、左程時間はかからなかった。
これが、今まで見てきた世界の色とは一線を画した、終わりの世界。
終焉の世界。
呆然と見つめる二人に、フォルトは念話で脳内に直接告げる。
『これは今から約二年後の世界だね』
――たった二年でこれだけ変わってしまうの?
直近に迫る未来に驚愕するルピナスは、フォルトに何かを伝えようと口を開くが。
その声は発することが出来ず。
『おっと、声帯からの言葉は届かないよ。アタシらは今、幽体のような状態だ。この未来の世界にいちゃいけない存在だ。だから物体にも触れないし声も聞こえない。会話をしたいならアタシのように念話で頼むよ』
そう促され、仕方なくルピナスは念話にてフォルトに伝える。
『フォルトさん、こんな短いスパンでこうも世界は変わってしまうもの何ですか? それに、空に見える巨大な星は……』
『起動したのさ、『エドゥルアンキ』を。そして近隣の、こことは別の発展した星を、世界に四つある『世界の支柱』でそれぞれ繋げている。こうすることで、人は他四つの世界を自由に行き来することが可能になった』
これがオールドワンの言う、『世界結合』。
そして、これがその目的の為に犠牲になった世界。
『……人の姿が見えませんけど、皆別の世界へ移住したのですか?』
『う~ん、そういう人もいれば、神に反旗を翻して粛清された人もいる』
『粛清……』
『多くの人族は神に逆らって死んじゃったよ。それに、生き残った者も精神操作を受けて、およそ人とは呼べる者ではなくなったけど』
ルピナスは愕然とした。
自分が今までやろうとしてきたことは、こんなおぞましい世界を創ることだったのかと。
すると、オニキスはフォルトに問う。
『オールドワンは、今どこに?』
『ああ、そうだね。それじゃあ彼らのところまで行ってみようか。この時期だと、丁度取り込み中だけどね』
『取り込み中?』
『行けば分かるさ』
そう言って、フォルトは【空間の扉】を生み出し皆を別の場所へ移動させた。
そうして連れて来られたのは、巨大な樹木の根っこに覆われた、城下町の跡地。
『ここって、まさか……』
ルピナスは見慣れた場所に驚いた。
『そう、ここは元グリーフィル王国さ』
城も、大聖堂も、かつて自分が使用人として雇われていた子爵家跡地も、全てが地中から突き出た木の根っこに支配され、見る影もない。
『女神イズリスが復活してからこうなってね。今やここは神の社と言ってもいい』
『では、ここにイズリスやオールドワンがいるんですね?』
オニキスは問うと。
『ああ、もっと近くまで行ってみようか』
と言って、皆は城のほうまで歩を進めた。
城門前まで来たオニキスとルピナスは、その凄惨な場面に絶句した。
そこは、見るも無残な死体が転がる、絶望的戦場。
そこにただ一人、一人の少年だけがボロボロの状態で立っていた。
――ショウヤ…………なんで。
紛れもない、世界の命運をかけて戦うショウヤの姿だった。
城の前に立ち塞がるは、ドレスアーマーを着た女性と、その後ろに控える従者と思われる面々。
その者達全員、ルピナスは知っていた。
何故ならそこにいたのは、自分を含めた、転生者達だったからだ。
そして何より、先頭に立つ女性は見間違うはずがない。
――エルメル! あなた……。
ルピナスの親友、自分を地獄から救ってくれた貴族の娘、エルメルだった。
――やっぱり……オールドワンに。
体を乗っ取られた、正確に言えば、あの中にいるのが、オールドワンが崇拝する神イズリスだと、ルピナスは理解した。
その情景を見ながら、彼らの会話を耳に入れる。
「……ポロを返せ……ライラを返せ……みんなを…………返せよっ!」
ショウヤは叫ぶ。立っているのもやっとの状態で、目の前の神を睨むのだ。
「ショウヤ、あなたとは短い間だったけど、共に過ごした仲でしょう? あなたがこれ以上抵抗しないのであれば、私はあなたを歓迎します。争いのない楽園へ」
「っざけんな! これだけ人を殺しておいて何が楽園だ! 屍の山に建てられた場所が楽園なもんかよ!」
彼の周りには、オニキスとルピナスが知る人物も多くいた。
メティア、サイカ、リミナ、タロス。
バルタ、レオテルス、ノーシス、グラシエ含むキメラ達。
皆が地に倒れ、ピクリとも動かぬ中。
するとエルメルの後ろから、冷たい目をしたポロがショウヤに歩み寄る。
「ショウヤ、君の勇士は買おう。しかしながら、この体はもはやポロのものではない。私が受け継いだのだ。ここで私を殺したところで、ポロは二度と戻ってはこない。諦めろ」
「ハジャぁああああ!」
その体は、すでにハジャに奪われた後だった。
もう二度と帰ってこない者達。その中で、ショウヤだけは最後まで抗っていた。
ハジャに続いて、オールドワンもショウヤに告げる。
「お前だけは私の【呪言】を拒んだ。『力を与える代わりに名を変えろ』という条件を飲まなかった。その結果、お前だけ精神を操れず、同胞の魂を入れる器になり得なかったのだ。ならばせめてイズリス様に忠誠を誓い、我々と共に世界再構成の為、手を貸しなさい」
ショウヤは唾を吐き捨て、オールドワンに剣を向けた。
「お前らのご立派な信仰心、正直反吐が出るよ。人の命奪っておいて、罪悪感を露程も感じねえお前らに従う気はない」
「綺麗ごとを言うな。少なからずお前も人を殺している。お前が嫌悪する罪を犯しているのだ。今更自分だけ真っ当だと思うな」
「思ってねえよ、許される資格もない。だから言うんだ。同じ立場にいる俺が、自分含めてお前らを真っ向から否定する。殺戮者が牛耳る世界なんてあってたまるか。大虐殺の上で成り立つ楽園なんざ、あってたまるか!」
――ショウヤ……。
間もなく命の灯が消える彼に、ルピナスは心を痛めた。
絶望しかない未来に、最後の抗う者として彼は立っている。
多くの者を失って、それでも戦おうとしている。
これは、そんな未来の終着地点。
数ある世界線の一つであり、しかしどのルートも必ず行き着く、終わりの道筋だった。
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