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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
幕間【4】先人転生者の時の旅
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188話 記憶の先の出来事 過去の事象


 一通り、自身の記憶映像が頭の中で掘り返された後。


 ルピナスは現実世界に舞い戻った。


「……嫌な記憶を思い出させてくれましたね」


「そうだね、君にとっては悪夢のような記憶だったろう。けれど、過去があるから今がある。今の君を形成しているのは全て過去なんだ。それを忘れないでおくれ」


 疲れた表情で見つめるルピナスに、フォルトは含蓄さながらの言葉を贈る。


「ええ、理解はあります。私はあの後オールドワンから『固有能力ユニークスキル』をもらって、屋敷の襲撃命令を下した指揮官を殺害した。強力な魔物を従えて、敵国ルートリアンを滅亡に追いやった。その時から私はこう思うようになりました。『どんな手を使っても理想を実現する』と」


「アタシは肯定するよ。誰かの餌になるくらいなら、それくらい生にがっついていたほうが自己防衛になるからね」


 などと会話をしながら。

 ふと、隣にいるオニキスに目を向けるルピナス。


「……オニキスはまだ目覚めていないんですか?」


「うん、ずいぶん熱心に過去を噛み締めているようだね」


「ふ~ん」


 テーブルに突っ伏したままのオニキスの頬を指でつつき。


「穏やかな顔して……」


 と、余程恵まれた過去なのかと嫉妬しながらも、彼の寝顔を見ながらルピナスはほっこりと微笑を浮かべた。


 今まで見せた事のない、気の緩んだ表情をしていたからだ。


 ――あなたにも、色々あるのよね……。


 そう思い。

 すると、フォルトはルピナスにある提案をする。


「ところでルピナスちゃん、今しがた見た過去は自分の身に起きた事象だったけれど、他の視点から見た過去の続きは気にならないかい?」


「他の視点?」


「たとえばそう、あの後アンセッタ家に残った者はどうなったのか。オールドワンは何をしたのか……。君はすぐにルートリアンへ報復しに行ったけど、その後の彼らは知らないだろう?」


「ええ、人伝に聞いただけで、実際の状況はよく分かりません」


「アタシなら見せてあげられるよ、続きを。アタシは『時の魔女』だからね」


 ルピナスは考えた後。


「まあ、オニキスもまだ目を覚まさないし、時間つぶしに見るのもいいわね」


「そうこなくっちゃ」


 そう言って、フォルトの提案を呑んだ。










 時は戻り、屋敷を襲撃した日の夜。


 ユーカからルピナスに改名した彼女は、オールドワンに亡くなった親友を託した。


「では、彼女の遺体は私が責任を持って埋葬しよう。しかし、本当に君は同伴しないのかね?」


「ええ……報復が済むまでは、エルメルの墓の前に立てないから」


 そう言い残して、オールドワンから得た情報を頼りに、敵国の指揮官の元へ向かっていった。


 その場に残ったオールドワンは、静かにエルメルを抱える。


「……彼女の復讐心を助長させておいて何だが、普通、生存者救出の為に、屋敷に残っている残党を排除するのが先だろ。せっかちな娘だ」


 言いながら、動かぬエルメルを見やり、大聖堂へ歩き出す。


「まあいい、あとはこの子を……」


 と、呟いていると。

 ふと、前方に立ち塞がる一人の女性が現れた。



「オルドマン司教、あなたが抱えているのはアンセッタ子爵家のご令嬢だろ? 彼女をどうするつもりだい?」


 彼の前に現れたのは、同時多発テロに緊急要請されたドールショップ店主、アンクロッサだった。


「君はたしか……元傭兵の人形使い(パペッティア)だったか?」


「諸々の詮索は後にしてくれ。町の至る場所に配置したボクの人形を介して、一部始終を見ていたよ。まずは質問に答えてもらおうか」


 と言いながら、彼女は両手に括っていた幾本もの糸を引っ張ると。


 突如周囲に何体もの操り人形(マリオネット)が現れ、オールドワンを取り囲む。


「……なるほど、つまり私は君に疑われているわけか。死体となったエルメル嬢を素直に埋葬する気がないのだと、そう思っているのかね?」


「いや、ボクが指摘しているのは別の理由だよ。ボクは傭兵時代に『死霊術ネクロマンシー』をたしなんでいてね、体と霊魂の繋がりを感知する技術は学んでいるのさ」


 そして複数の操り人形(マリオネット)は、一斉にエルメルを指差す。


「そして、まだその子の体から霊魂は離れていない。オルドマン司教、あなた程神聖術に長けた使い手なら、『蘇生術リザレクション』くらい問題なく使用出来るだろ? なのに何故使わない」


 彼女が問うと。


「他に、役に立ってもらいたい事があるのでね。まあ君には関係のない話だ」


 実につまらない質問だと、オールドワンは溜息混じりに返した。


「私を摘発するなら好きにしなさい。ただし、一般人の君と、王の右腕である私では、国における信頼度が違う。私を貶める前に、君の命の心配をすることだ」


 そう言って、オールドワンは【空間の扉(ポータル)】を生み出しその場を去っていった。


「……オルドマン、一体何を企んでいる?」


 アンクロッサは顔をしかめながら。

 遠くで燃える子爵家の屋敷へ走っていった。








 屋敷の庭に辿り着くと、そこには死屍累々に転がる死体と、瀕死の状態で倒れるタロスの姿があった。


「…………アンクロッサか……どうした?」


「こっちのセリフだよ。酷い有様じゃないか……」


 生きているのが不思議なくらい重傷を負ったタロスを見て、悲しそうに口を開く。


「遅れてすまない……君を守れなかった」


「……守ってくれと……頼んだ覚えはないからな……お前が謝る道理はない」


「つれないじゃないか、ボクは君の事を異性として好いていたんだ。また君に抱いてもらいたかったし、本気で君とつがいになる妄想をしていたよ」


「そう……か……」


 虚ろ気に返すタロスだが、ふと、彼は思い出した。


「……エルメル、お嬢様を……見ていないか?」


 その問いに、アンクロッサは言葉を渋る。


 だが、今際の際にいる彼はもう長くない。

 その彼が死に際に望むなら、最期の手土産として、彼女は情報を提供するべきだと思い。

 言い辛そうに、嘘偽り無く彼女は答える。


「……ルートリアンの残党に殺された」


「っっ……!」


 力の入らない体を震わせ、タロスは奥歯を噛み締めた。


 主人の最期の願いも叶えてやれなかったと、自責の念に苛まれ。


「けどそこに、大聖堂の司教、オルドマンが現れてね。この間のメイドちゃんを唆し、エルメル嬢の遺体を持ち去った。彼に裏があるのはたしかだ」


「オルド……マン」


「……約束するよ、君の代わりに必ずオルドマンの正体を明かしてみせると」


 彼女の言葉を受けたタロスは、弱々しく手を伸ばし、懇願する。


「アンクロッサ…………頼みがある」


「何だい?」


 めずらしく頼み事をするタロスにアンクロッサは返す。


 最期だからと、自分に出来る事ならば何でもしようと思っていた。


「この体は……もうだめだ。俺の、意識が……完全に消える前に、お前の人形に、俺の魂を移してくれ……」


「【意志持つ人形(ソウルパペット)】を、君に施せと? 言っておくけれど、あれは完全に意識を移せるわけじゃない。失敗すれば君の霊魂が消滅するよ?」


「どのみち、このまま何もしなければ俺は死ぬ。だから……頼む」


 彼女の忠告を聞かされて尚、タロスは揺るがなかった。


 自分はまだ死ねない、やるべき事がまだあるのだと、そう言い聞かせて。


 アンクロッサは息を吐きながら彼の願いを聞き入れ。


 タロスの魂は、彼女お手製の人形へ転移した。




 そこで、ルピナスの過去にまつわる情景は終わった。





ご覧頂き有難うございます。

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