188話 記憶の先の出来事 過去の事象
一通り、自身の記憶映像が頭の中で掘り返された後。
ルピナスは現実世界に舞い戻った。
「……嫌な記憶を思い出させてくれましたね」
「そうだね、君にとっては悪夢のような記憶だったろう。けれど、過去があるから今がある。今の君を形成しているのは全て過去なんだ。それを忘れないでおくれ」
疲れた表情で見つめるルピナスに、フォルトは含蓄さながらの言葉を贈る。
「ええ、理解はあります。私はあの後オールドワンから『固有能力』をもらって、屋敷の襲撃命令を下した指揮官を殺害した。強力な魔物を従えて、敵国ルートリアンを滅亡に追いやった。その時から私はこう思うようになりました。『どんな手を使っても理想を実現する』と」
「アタシは肯定するよ。誰かの餌になるくらいなら、それくらい生にがっついていたほうが自己防衛になるからね」
などと会話をしながら。
ふと、隣にいるオニキスに目を向けるルピナス。
「……オニキスはまだ目覚めていないんですか?」
「うん、ずいぶん熱心に過去を噛み締めているようだね」
「ふ~ん」
テーブルに突っ伏したままのオニキスの頬を指でつつき。
「穏やかな顔して……」
と、余程恵まれた過去なのかと嫉妬しながらも、彼の寝顔を見ながらルピナスはほっこりと微笑を浮かべた。
今まで見せた事のない、気の緩んだ表情をしていたからだ。
――あなたにも、色々あるのよね……。
そう思い。
すると、フォルトはルピナスにある提案をする。
「ところでルピナスちゃん、今しがた見た過去は自分の身に起きた事象だったけれど、他の視点から見た過去の続きは気にならないかい?」
「他の視点?」
「たとえばそう、あの後アンセッタ家に残った者はどうなったのか。オールドワンは何をしたのか……。君はすぐにルートリアンへ報復しに行ったけど、その後の彼らは知らないだろう?」
「ええ、人伝に聞いただけで、実際の状況はよく分かりません」
「アタシなら見せてあげられるよ、続きを。アタシは『時の魔女』だからね」
ルピナスは考えた後。
「まあ、オニキスもまだ目を覚まさないし、時間つぶしに見るのもいいわね」
「そうこなくっちゃ」
そう言って、フォルトの提案を呑んだ。
時は戻り、屋敷を襲撃した日の夜。
ユーカからルピナスに改名した彼女は、オールドワンに亡くなった親友を託した。
「では、彼女の遺体は私が責任を持って埋葬しよう。しかし、本当に君は同伴しないのかね?」
「ええ……報復が済むまでは、エルメルの墓の前に立てないから」
そう言い残して、オールドワンから得た情報を頼りに、敵国の指揮官の元へ向かっていった。
その場に残ったオールドワンは、静かにエルメルを抱える。
「……彼女の復讐心を助長させておいて何だが、普通、生存者救出の為に、屋敷に残っている残党を排除するのが先だろ。せっかちな娘だ」
言いながら、動かぬエルメルを見やり、大聖堂へ歩き出す。
「まあいい、あとはこの子を……」
と、呟いていると。
ふと、前方に立ち塞がる一人の女性が現れた。
「オルドマン司教、あなたが抱えているのはアンセッタ子爵家のご令嬢だろ? 彼女をどうするつもりだい?」
彼の前に現れたのは、同時多発テロに緊急要請されたドールショップ店主、アンクロッサだった。
「君はたしか……元傭兵の人形使いだったか?」
「諸々の詮索は後にしてくれ。町の至る場所に配置したボクの人形を介して、一部始終を見ていたよ。まずは質問に答えてもらおうか」
と言いながら、彼女は両手に括っていた幾本もの糸を引っ張ると。
突如周囲に何体もの操り人形が現れ、オールドワンを取り囲む。
「……なるほど、つまり私は君に疑われているわけか。死体となったエルメル嬢を素直に埋葬する気がないのだと、そう思っているのかね?」
「いや、ボクが指摘しているのは別の理由だよ。ボクは傭兵時代に『死霊術』をたしなんでいてね、体と霊魂の繋がりを感知する技術は学んでいるのさ」
そして複数の操り人形は、一斉にエルメルを指差す。
「そして、まだその子の体から霊魂は離れていない。オルドマン司教、あなた程神聖術に長けた使い手なら、『蘇生術』くらい問題なく使用出来るだろ? なのに何故使わない」
彼女が問うと。
「他に、役に立ってもらいたい事があるのでね。まあ君には関係のない話だ」
実につまらない質問だと、オールドワンは溜息混じりに返した。
「私を摘発するなら好きにしなさい。ただし、一般人の君と、王の右腕である私では、国における信頼度が違う。私を貶める前に、君の命の心配をすることだ」
そう言って、オールドワンは【空間の扉】を生み出しその場を去っていった。
「……オルドマン、一体何を企んでいる?」
アンクロッサは顔をしかめながら。
遠くで燃える子爵家の屋敷へ走っていった。
屋敷の庭に辿り着くと、そこには死屍累々に転がる死体と、瀕死の状態で倒れるタロスの姿があった。
「…………アンクロッサか……どうした?」
「こっちのセリフだよ。酷い有様じゃないか……」
生きているのが不思議なくらい重傷を負ったタロスを見て、悲しそうに口を開く。
「遅れてすまない……君を守れなかった」
「……守ってくれと……頼んだ覚えはないからな……お前が謝る道理はない」
「つれないじゃないか、ボクは君の事を異性として好いていたんだ。また君に抱いてもらいたかったし、本気で君とつがいになる妄想をしていたよ」
「そう……か……」
虚ろ気に返すタロスだが、ふと、彼は思い出した。
「……エルメル、お嬢様を……見ていないか?」
その問いに、アンクロッサは言葉を渋る。
だが、今際の際にいる彼はもう長くない。
その彼が死に際に望むなら、最期の手土産として、彼女は情報を提供するべきだと思い。
言い辛そうに、嘘偽り無く彼女は答える。
「……ルートリアンの残党に殺された」
「っっ……!」
力の入らない体を震わせ、タロスは奥歯を噛み締めた。
主人の最期の願いも叶えてやれなかったと、自責の念に苛まれ。
「けどそこに、大聖堂の司教、オルドマンが現れてね。この間のメイドちゃんを唆し、エルメル嬢の遺体を持ち去った。彼に裏があるのはたしかだ」
「オルド……マン」
「……約束するよ、君の代わりに必ずオルドマンの正体を明かしてみせると」
彼女の言葉を受けたタロスは、弱々しく手を伸ばし、懇願する。
「アンクロッサ…………頼みがある」
「何だい?」
めずらしく頼み事をするタロスにアンクロッサは返す。
最期だからと、自分に出来る事ならば何でもしようと思っていた。
「この体は……もうだめだ。俺の、意識が……完全に消える前に、お前の人形に、俺の魂を移してくれ……」
「【意志持つ人形】を、君に施せと? 言っておくけれど、あれは完全に意識を移せるわけじゃない。失敗すれば君の霊魂が消滅するよ?」
「どのみち、このまま何もしなければ俺は死ぬ。だから……頼む」
彼女の忠告を聞かされて尚、タロスは揺るがなかった。
自分はまだ死ねない、やるべき事がまだあるのだと、そう言い聞かせて。
アンクロッサは息を吐きながら彼の願いを聞き入れ。
タロスの魂は、彼女お手製の人形へ転移した。
そこで、ルピナスの過去にまつわる情景は終わった。
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