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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
幕間【4】先人転生者の時の旅
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186話 遠き日の記憶④【2】 過去の事象


 奴隷として売られた転生少女は、ある日グリーフィル王国子爵家の令嬢に拾われ、メイドとして新たな生活が始まった。


「うん、とってもキレイよ。やっぱり女の子はお肌に気を遣わなくちゃ」


 と、エルメルは身だしなみを整えた少女を見て満足気に微笑む。


 奴隷生活では入浴など許されず、せいぜい汚れを落とす為にバケツ一杯の井戸水をぶちまけられるだけだった少女にとって、貴族の使う風呂は身に染みる心地よさだった。


「そう言えば聞いていなかったけど、あなたの名前は?」


 この国では浮いた名前だが大丈夫だろうか。

 思いながらも、少女はエルメルに本名を名乗った。


「優香、熱見あたみ 優香ゆうか


「ユーカね。よろしく」


 だか、エルメルはその日本名に特に疑問を持たず、上機嫌に少女の手を取り有無を言わさず遊戯に誘う。


「ねえ、何して遊ぶ? 私最近タロスにチェスを教えてもらったの。よかったらユーカにも教えてあげる」


 ――この世界にもチェスがあるんだ。いや、っていうか私仕事しなきゃいけないんだけど……。


 これからメイドの仕事を一から覚えなければいけない少女にとっては、先輩メイドの視線が痛かった。


 すると、エルメルの付き人の男性、タロスは「お嬢様」と、冷たく言い放つ。


「彼女はこれから使用人としての礼節及び下仕事を学ばなければなりません。そしてお嬢様も、今日の分の勉学をお済みになられていないのでは?」


「うぐ……それは……」


 タロスは溜息を吐きながら。


「……夕刻には彼女も自由時間が与えられましょう。それまで、お嬢様は旦那様から課せられた宿題を片付けておいて下さい」


 申し訳程度の優しさを見せ、タロスは部屋を出て行った。


「く~タロスめ~、パパの信頼を得ているからって調子に乗って~」


 エルメルは顔を膨らませながらタロスの後ろ姿を睨むと。


「しょうがない、嫌だけどお勉強しますか。パパに叱られたくないし。じゃあユーカ、暇になったらまた私の部屋に来てちょうだい。あなたのお話も聞きたいし」


「はい……かしこまりました、お嬢様」


 そして、異世界に転生した少女ユーカは、ようやく第二の人生が軌道に乗り、勝手の知らない生活環境を一から覚えていく事となる。










 それから少女は、少しずつ世界の知識を蓄え、順調に使用人生活に馴染んでゆく。


 少女が住み込みで働く事となったアンセッタ家は、自身が元奴隷だったにもかかわらず、同じ人として、平等に接する良環境だった。


 大らかな主人、優しい先輩メイド、不愛想ながらも色々と気にかけてくれる専属傭兵、そして、妹のように接してくる子爵家の娘。


 そんな彼女らとの生活を続けていくうちに、ユーカの表情に少しずつ、笑顔が戻っていった。













「これ……ルピナスの花?」


「ん? ユーカ、この花知ってるの?」


「ええ、私のいた国にも同じ種類の花が出回っていたから」


 ある日、庭で読書をしながら、エルメルとユーカはガーデンに咲く花について話していた。


 同じ屋敷で生活を共にしていくうちに、いつしかユーカとエルメルは姉妹のように親密な関係となり、二人でいる時は敬語を使わず、対等な立場で接するようになった。


「そっちではルピナスって言うんだ。この国ではグレープに似ていることから、グレープフラワーって呼ばれてるよ」


 ――言うほど似てる?


 そう思いながらも、これも異国の文化と割り切り適当な相槌を打つ。


「そうだ、お花に詳しいなら、今度私と一緒に花屋さんに行かない? ユーカの知っている花、もっとあるかも」


「いいわね、私ももっとこの国の事を知りたいし、旦那様にお願いしてみようかしら」


 などと、二人が先の予定を立てていると。


「ユーカ、少しいいだろうか?」


 彼女達の元に、藁の籠を持ったタロスが寄って来た。


「町まで買い物を頼まれてな。休憩中に悪いが人手がほしい。付き合ってくれるか?」


 タロスの不愛想な顔に買い物籠があまりにも不釣り合いであり。


「ぶはっ……!」


 ユーカは笑いを堪え切れず噴き出してしまう。


「どうかしたか?」

「いえ……何でも」


 疑問符を浮かべるタロスに首を振り、「お持ちします」とタロスから籠を奪った。


「ちょっとタロス! 今ユーカとお話していたんだから邪魔しないでよ!」


 二人で話しが進む中、ユーカとの時間を邪魔されたエルメルは不機嫌そうにタロスに文句を垂れるが。


「そうですか。今日はお嬢様の好きなチェリーパイも買いに行く予定だったのですが、一人だと持ちきれないのでまた今度に致しましょう」


「いってらっしゃい、二人共。楽しみに待ってるわ!」


 好物に釣られたエルメルは一瞬で態度を変え、二人に手を振り見送った。










 無表情に歩く高身長の傭兵と、終始無言に気まずさを感じるメイドの少女。


 何か会話をしようと、ユーカは彼の肩に下げた銃剣を見やり。


「あの、タロスさんは町中でも銃を持ち歩いているんですか?」


「ああ、いつでも敵の襲撃に備えられるようにな。寝る時も枕元に置いている」


 ――物騒だなぁ……。


 そんな感想を抱いていると。


 ふと、タロスは突然ある店の前で立ち止まり、中の様子を窺った。


「タロスさん?」

「ん、ああ。この店に知り合いがいてな」


 そう言って眺める店は、様々な人形が陳列されているドールショップ。


 すると、その中から一人の女性がタロスに近づいてきた。


「お~タロス、久しぶりじゃないか。今日はどうしたんだい? 可愛いメイドさんを連れて。わざわざ君の彼女をボクに紹介しに来たのかな? それともボクが恋しくなったとか?」


 と冗談めかして挨拶を交わす。


「たまたま近くを寄っただけだ。特に用はない」


「つれないじゃないか。ボクに会いに来てくれたのかと思ってドキドキした乙女心を返してほしいね」


 まるで陰と陽の二人。

 笑いながら返す女性を眺め、ユーカはタロスに問う。


「あの、この人は?」


「彼女はアンクロッサ。昔、同じギルドに所属していた傭兵で、腕利きの人形使い(パペッティア)だ」


「はっは~、今はしがない木彫り職人兼、人形売りだけどね。よろしく、可愛いメイドさん」


 気さくに挨拶を交わす彼女を、ユーカはタロスと見比べ、これはまた不釣り合いなカップルだと笑いを堪える。


 するとアンクロッサはタロスの肩に手をやり、ボリューム控えめに耳元で囁く。


「タロス、忠告だ。つい先日、隣国のルートリアンがこの国に宣戦布告を持ち掛けたらしい」


「そうか」


「すでに何人か、この町に暗殺部隊が紛れ込んでいる可能性がある。君も十分気をつけろ。貴族の家は狙われやすいからね」


「……分かっているとも」


 内々の会話にユーカがキョトンと眺めていると。

 アンクロッサはニコリと笑いながらタロスから離れ。


「籠に入った食材を見るに、君達は買い出しの途中だろ? 邪魔して悪かった。ボクは仕事に戻るよ。またね」


 ヒラヒラと手を振り店の中へ戻って行った。


「あの、今の人、タロスさんの……」


「要らぬ妄想を膨らませるな。ただの知り合いだ。それより、早く買い物を済ませて帰るぞ」


 と、タロスは急くように促し、足早にドールショップを後にする。


 アンクロッサの予想が現実となる事を、タロスは危惧していた。





ご覧頂き有難うございます。


明日、明後日は休載します。

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