182話 定まる敵国、それぞれの向かう先
夜も更けた頃。
セシルグニムでの騒動が止み、皆の気持ちが徐々に落ち着く中。
城内では貴族や外交官、そして騎士の幹部が集まり、早急な会議が開かれた。
「さて、今回の首謀者についてだが……」
と、ロアルグは皆に告げる。
突如セシルグニムを襲った戦闘員達は、グリーフィルの手の者だと判明した。
個人の独断か国がらみか……それによっては今後の対応を改める必要がある為、慎重な判断が求められる。
ロアルグはレオテルスに目を向けると、彼は一歩前に立ち皆に説明する。
「例の襲撃犯及び転生者達から話を聞いたところ、今回の襲撃はグリーフィルの公爵にして軍師、オルドマン・ハージェストの独断であるとの情報を得ました」
ガヤつく周囲に、ロアルグは手を掲げ鎮めると。
今度はサイカが一歩前に出て口を開く。
「勿論彼らが真実を語っている保証はありません。が、もし本当だとしたら国際問題になる可能性がございます」
向こうの軍師が関わっているとなると、それは国を挙げての敵対行動となり、最悪、グリーフィルとの全面戦争に発展する。
貴族らは一人ずつ発言する。
「あの国は近年、様々な国に戦争を仕掛けておりますからなぁ。たとえオルドマンの独断であり、グリーフィル王が知らされておらずとも、もはや彼らにとって、他国との争いなど一つも二つも変わらないでしょう」
「どの国から恨まれてもおかしくはない。しかし、それ故にどの国よりも強大な勢力と策を講じておる」
「いっそ我らも連合国に加わり、数の力でグリーフィルを落とすというのも一つの選択ではありますが」
セシルグニムを荒らしに荒らした相手国に、もはや平和的な解決など望めはしない。
物議が醸される中、サイカは続ける。
「今は連絡部隊により、早急な話し合いを進めております。向こうの出方次第によっては武力行使にもなり得ましょう。ですが、今しばらくは早計な判断はせず、膠着状態が続く事をご了承下さい」
などと、沸き立つ貴族達をなだめ、
皆は今後のグリーフィルとの関わり方を各々話し合う。
堅苦しく重い上層部の会議は、深夜まで続いた。
翌朝、セシルグニムに滞在していた商業者や旅行客は、皆足早に自国へ帰省してゆく。
突然の襲撃と長い時間の軟禁にトラウマを覚えた者は多く、今後の流通や収益に大きく影響が出る事は明らかである。
それでもアルミス達王族は守っていかなければならない。
空に浮かぶ、景色豊かな空中都市を。
そんな中、ポロ達フリングホルンの飛行士は、早朝から運行準備を進めていた。
今回積むのは物ではなく、ショウヤ達転生者。
無差別に死傷者を出した戦闘員達は、グリーフィル国の捕虜としてしばらくの間留置されるが。
オニキス、ルピナス、ショウヤ、そしてライラの四名は、ロアルグとレオテルスの判断により、セシルグニム国への立ち入り禁止を条件に解放された。
そんなわけで、彼らの追放処分と称した送迎を、ポロ達が担うこととなったのだ。
「いや、なんでよ?!」
そして例の如く、メティアは面倒事を引き受けたポロに怒号を浴びせる。
「転生者の人達ってみんな強いでしょ? 途中飛行船の中で暴れられたら大変だってことで、不測の事態に備えて、戦闘経験のある僕達が任されたんだよ」
とポロはメティアに説明するが。
「逆に私らが危険な目に遭う事を想定してないの? 王様もあんたも!」
貧乏くじを引かされた事に納得いかず、ごねる。
「まあまあ、サイカとリミナも同行してくれてるしさ」
ちなみにサイカは、夜明けまで苦手な事務作業をこなしていた為仮眠室で爆眠中。
「それに、ショウヤは僕達に危害は加えないよ。僕が保証する」
「何なの、その信頼感。その子この間ゴブリンに襲われてた子でしょ? 最初見た時から変だと思ってたんだよ。通貨は偽装するし、商人に扮して奴隷の子達をさらおうとするし、本当は強いのに弱者のフリをするところなんて怪しさしか感じないね」
記憶が曖昧であり、ある事ない事をでっち上げる。
そんな彼女に。
「なあ、ダークエル…………黒エルフの姉さんよぉ、誤情報流して無暗に俺を吊るし上げようとするのやめてくれない?」
脚色された冤罪に異を唱えるショウヤ。
「あ~今ダークエルフって言おうとしたね? はい差別用語~、この子近くの森に捨てちゃおう」
「なんでだよ! 俺あんたに恨みを買うような事したか?」
などと、二人が盛り上がる横で。
「騒がしい船だこと……」
ルピナスは終始居心地悪そうに窓を眺め。
オニキスはそんな彼女をたしなめる。
「ルピナス、僕達は送ってもらう側だ。愚痴を漏らすのは良くないよ」
「私はあなたに無理やり付き合わされているだけよ? あなたが余計な真似をしたせいで目的も果たせず、オールドワンとも敵対する羽目になったんだもの」
そんな文句を垂れる彼女にオニキスは言う。
「でも、君はついて来てくれた。僕を裏切って、一人で逃げる事も出来たのにだ。それは、君もオールドワンのやり方に疑念を抱いていたからじゃないのかい?」
「……別に。ただ、あなたがそこまでして『時空の暴流』に行きたがる理由に、興味が湧いただけ」
「そっか」
と、そっぽを向きながら答えるルピナスに、オニキスは微笑を浮かべて返した。
そして彼女は座席のひじ掛けに頬杖を突きながら。
ふと、操縦席で離陸準備を始める木彫りの人形を見つめた。
「タロス・フルーズ……」
そう呟き。
ルピナスの視線に気づいたタロスは彼女に目を合わせ。
『どうかしたか?』
何気なく彼女に尋ねる。
するとルピナスは少し寂しそうな表情を浮かべ首を横に振った。
「なんでもないわ。昔、あなたと同じ名前の傭兵と縁があってね。それを思い出しただけ」
『そうか』
感情を出さず、無機質に返しながら、タロスは再び前方へ向き直る。
――やっぱり人違い、よね。
などと感傷に浸りながら、再び窓を眺める。
思い出したくもない過去の、気を紛らすように。
そして、魔導飛行船は彼らを乗せて出発した。
セシルグニムへ来る前は敵として。
離陸する頃には恩国として。
風に揺られ雲を切り、上空から空中都市を眺めるショウヤ。
ほんの二日足らずの滞在で起きた、様々な出来事を噛み締めて。
自分がこうしていられるのはやはり、ポロの存在が強く影響しているのだろうと。
少し、感慨深く思う。
多大なる感謝を想う。
「ポロ」
「ん?」
自分を止めてくれた事に、前向きに生きろと諭してくれたことに。
過ちを犯して尚、友人として接してくれることに。
「……ありがとな」
言い始めたらキリがない言葉の数々を、削って切り取りスマートに端的に。
たった一言に気持ちを込めて、ショウヤは感謝を述べた。
隣に座るポロは、ピコピコと犬耳を躍動させながらキョトンと見つめ。
そして口角を上げて返す。
「いいよ。友達だもの」
彼の中から醜く淀んだ鬼が消え。
過去を受け入れて、少し大人びた、けれどあの日と変わらぬ笑顔を見せるショウヤに。
彼と出会えて良かったと、ポロは心からそう思い。
魔導飛行船は、ヴィランテへ向け飛んでゆく。
ご覧頂き有難うございます。
今回で第四章が完結となりました。
次回からしばらく幕間を挟み、その後第五章へ向かう予定です。
徐々に物語全体も佳境へ進み、皆の過去も明かされてゆく中、彼らはどのような道筋を歩むのか。
最後までご覧頂けると大変嬉しいです。