180話 思い出のイヤリング
かくして、ショウヤの覚えたての『蘇生術』は成功した。
一度体と魂を切り離したライラに、新たな術を施して。
今度は血の通わない死体ではなく。
自然界のマナを血肉に変換し。
肌つや良く、綺麗な髪で、生前のままの彼女に戻ったのだ。
「温かい……」
ライラをそっと抱きしめながら、彼女から伝わる体温を感じ。
ショウヤは涙ながらに歓喜した。
「ショウヤ様……今まで私の為に、村の為に尽力して下さったこと、決して忘れません。私に捧げられるものなど何もありませんが、せめて、これからもショウヤ様のお手伝いをさせて頂きたく思います」
蘇生したてで、ライラは変わらず畏まった口調でショウヤに忠誠を誓う。
「はは……別に、何かを求めてるわけじゃねえよ……。ただそばにいてくれるだけで、それだけで、俺が生きる意味になる」
笑みを浮かべるその頬から、なだらかに伝う雫がライラに触れ。
ライラもまた、彼と同じ表情を浮かべた。
生への実感と、何より。
いつもの彼へと戻った事に、心からの喜びを感じ。
ライラを蘇生させたことを皮切りに、ショウヤは広場に並べられた動かぬ器に、一人一人『蘇生術』を施してゆく。
世界でも使える者は数少ない『蘇生術』は、希少なだけあり膨大な魔力を必要とする。
本来ショウヤの魔力量だと、ライラを蘇生させた時点でほとんどの魔力を消費しガス欠になってしまう。
そもそも百を超える人数の蘇生など、誰もやってのけた事などないのだ。
ただし今回は例外として、ポロが彼のそばにいる。
ポロはショウヤの両肩に手を当て、バハムートを介した、別世界からの魔力循環スキルをショウヤにリンクさせ。
一時的に、ショウヤも無限の魔力を内包することに成功した。
しかし、肉体から魂が離れた時間が長ければ長い程、蘇生は難しくなる。
二人は失敗しないよう神経を尖らせ。
次々と死者を蘇らせていった。
一方、酒場に着いたオニキスは、半壊した建物を見ながらふと呟く。
「派手にやってくれたじゃないか……。オールドワン、あなたの成し遂げたい理想は、多くの犠牲を払ってまで固執するものなのか?」
言いながら、オニキスは床下の扉をそっと開けると。
「ひっ……、あ、マスター?」
元従業員がビクビクしながら顔を出した。
「あの……外は?」
「もう大丈夫。全部終わったよ」
と、優し気に返す。
店の入り口に待機している騎士達を見ながら、彼女はホッと息を吐き。
「やっぱり、マスターが止めてくれたんですね」
疑いのない笑みを浮かべ、羨望の眼差しを向ける彼女。
「僕は何もしていないよ。国の人達が鎮圧してくれたんだ」
「ウソ。だってマスター、ボロボロじゃないですか。すごい激戦を繰り広げた後みたいな……」
思いの外鋭い思考を持つ彼女に、「まいったな」と軽く返し。
彼女を床下から引っ張り上げると、オニキスはその奥にあった金庫に手をかけ。
外装をドロリと溶解した。
そしてその中から、小さな宝石が埋め込まれたイヤリングを取り出す。
「マスター、それは?」
「ああ、これはね……」
ブラックオニキス。邪気や悪気を払う魔除けの石。
生前、ジュエリーショップでたまたま見つけたそのイヤリングが記憶に強く残り。
鉱石を錬金し加工する力を持つ転生者、アルベルトに複製してもらった。
いつか想い人に渡せる日が来ると、そう信じて。
「……もう、要らないものなんだ。良かったらレイちゃんがもらってくれないかな?」
「え、でも、金庫に閉まっておくくらい大切なものなんじゃ……」
「うん、まあ、当てが外れてね。何なら質屋に売ってしまってもいいよ。一応この辺では珍しい宝石が埋め込まれているから、それなりの値段が付くんじゃないかな」
「いやいやいや、売る気になれませんよそんな希少な物! それこそご自分の足しにしたらいいんじゃないですか?」
ブンブンと首と手を振る彼女に、オニキスは半ば無理やり手渡した。
「君にもらってほしいんだ。気休め程度だけど、その石は魔除けの効果があるそうだから、お守り代わりに持っておいても損はないよ」
未練がましく、過去を美化する自身の心に決別を。
後腐れのないように、自ら思い出を手放した。
そしてオニキスは店を出る。
数人の騎士に囲まれながら遠くへと。
「あの……! マスター!」
引き留める彼女に振り返らず。
「また、戻って来て下さい。私、マスターの作るカクテル、大好きなんです」
そう告げると、オニキスはピタリと足を止め。
「約束は出来ないよ。僕は今でもおたずね者だ」
言いながらも、彼の表情は穏やかで。
「でも、そうだね……。一度くらいは無茶をして、君に一杯ご馳走しに戻るよ」
確定的ではない口約束ながらも、また会うと誓った。
この世界で生きると決めてから、初めて誰かと交わした約束だった。
ご覧頂き有難うございます。
あと二話程で第四章は完結となります。
明日、明後日は休載致します。