171話 メティアの姉心
戦場の渦中にて、ポロの元へと駆け付けたメティア。
しかし、彼女の目に映った光景は、かつて多くの冒険家を死に至らしめた狂獣フェンリルと。
それと交戦する、およそ人とは呼べないポロのような、何かだった。
「ポロ……あんた……」
メティアは彼の変わりように傷心しつつも、拳を握り、歯を食いしばり、彼女はポロに叫んだ。
「ポロ! 聞こえるかい? ポロ!」
狂ったようにフェンリルを殴り飛ばすポロは、ふとメティアの声に反応し、くるりと彼女に目を向ける。
それは普段の柔らかい視線ではなく、獲物を捉えたような鋭い眼光だった。
「グルルルル!」
仲間としてではなく、餌として彼女を睨み威嚇するポロ。
メティアは切ない思いを殺し、牙を剥き出しにするポロに両手を広げ、優しく笑みを浮かべた。
「ポロ、おいで? 怖くないから、おいで」
するとポロは、無防備で立つメティアに標的を乗り換え。
フェンリルの体を蹴り飛ばし彼女に突進した。
明らかな敵対行動、戦闘態勢。
ポロはメティアの懐に飛び込み押し倒すと、容赦なく爪を立て、肩に噛みついた。
「うぐ…………!」
噛みつかれた箇所からドクドクと血が流れるも、メティアは構わず。
唸りながら噛みつくポロを、そっと抱きしめた。
「大丈夫、もう大丈夫だから……」
「ぅぅぅううううう!」
子供をあやすように、温もりと安らぎを彼に与える。
「私がここにいるから、もう帰っておいで?」
そう言うと、次第に噛みつく力が弱まり。
それと並行するように、ポロの体はみるみると元の姿に戻ってゆく。
やがて怪物化が解けると、ポロは疲れたようにその場で意識を失った。
「……良かった」
メティアは呟き。
ポロを抱きしめたまま地べたに寝ころび安堵する。
だが、二人のすぐ近くには怒れる狼王、フェンリルが眼前にまで迫っていた。
「……またあんたの顔を見なきゃならないなんてね……。どうやって復活したんだい?」
メティアはポロを庇うように抱き寄せ、フェンリルを睨み返す。
決して自分の力では目の前の獣には敵わないと悟っている。
しかし、ポロを置いて逃げることなど出来ない彼女は、彼を抱えたまま立ち上がり。
勝てぬと分かっていながらも短剣を取り出した。
すると。
「待て。そこで大人しくしていろ」
突然彼女の元にハジャが近づき、今にも食い殺そうとしていたフェンリルに待機命令を出す。
凶暴化したはずのフェンリルは、ハジャの言葉一つで威嚇を止め、その場に座り込んだ。
先程までショウヤの相手をしていたハジャだが。
彼の後ろにボロボロの姿で倒れライラに介抱されているショウヤを見るに、この二人の戦闘は終了したのだとメティアは理解する。
「黒エルフ……君はたしか、ポロと猫型獣人の仲間だったか? 一度だけ見たことがあるな」
フェンリルを従えるハジャの姿を、メティアは知っていた。
「あんた、以前そこのフェンリルを討伐した男よね? ポロを知っているの?」
「知っているなどという軽い関係ではないさ。ポロに魔法を教えたのは私だ。言わば師弟関係になるな」
と、ハジャが言うと。
「じゃあ、あんたが……あんたがポロに闇魔法を教えたってことかい?」
メティアは怒りに打ち震えながらハジャを睨み付けた。
「いかにも。強い魔法を覚えたいと頼まれてな。生憎、私の知る強力な魔法は闇属性しかなくてね。徹底的に仕込んでやったとも」
「そのせいでポロの精神が蝕まれたんだろ! さっきの怪物化はその副作用じゃないのか?!」
「それに関しては私の所為とも言えるが、ポロ自身の未熟さとも取れる」
メティアの怒号を気にせず、ハジャは平坦な口調で続ける。
「とは言え、ポロには元々適正があり、素養もあった。闇魔法は扱いを間違えれば精神に異常をきたすリスキーな魔法だが、ポロはそれを上手く抑え込める。だからこそ、ポロには必要なスキルだと判断したのだ」
などとハジャは説くが、メティアはさらに怒りを募らせ彼にぶつけた。
「あんたさえいなけりゃ、ポロはこんな血に汚れた世界に身を置くこともなかった。平和に平凡に、フリングホルンの運送ギルドで働いているだけで良かったんだ……それなのに!」
「これはとんだ濡れ衣を着せられたものだ」
ハジャはクスリと笑い、理不尽な言い分だと一蹴する。
「言っておくが、歩み寄ったのはポロのほうからだぞ。自ら血に汚れる覚悟を決めて、私の元へ来た。逆恨みはやめてほしいものだな」
するとメティアは激情し。
自身に風魔法を付与すると、ハジャの元へ踏み込んだ。
「あんな子供に闇魔法を教える神経がおかしいって言ってんのよ!」
風圧による推進力で、スピードを増した拳をハジャに叩き付けるメティア。
その攻撃を、ハジャは一歩も動かずそのまま受ける。
「これで満足か?」
全力の攻撃をビクともせず受けきるハジャに、メティアはゾクリと背筋を凍らせた。
自分のことなどまるで相手にしていないと、メティアは直感でそう思ったのだ。
「子供だろうと何だろうと、私はその子の実力を買っているんだ。自分の失敗から生まれた奇跡を、贔屓するのはいけないことか?」
「失敗から生まれた、奇跡?」
戸惑いながらメティアが拳を引くと。
ハジャは反撃とばかりに彼女の首を掴み上げた。
「ぐっ……!」
「まあ、君には関係のないことだ。それで、どうする? まだ私に対して戦意があるならば、致し方ない、私は君に死の安息を与えなければならないが」
首を絞める力が強まる中、メティアは足をバタつかせ、必死に抵抗の意志を見せる。
「そうか、では望み通りに……」
そして、メティアを掴む手から腐蝕の魔法を発動しようとした時。
「その手を放して、ハジャ」
メティアの背後から、目を覚ましたポロが告げる。
「もしメティアを殺したら、僕はハジャを一生許さない」
先程の感情が暴走した殺気ではない。
正気を保った静かな怒りが、ハジャの全身にビリビリと伝う。
それが自分の脅威となる存在だと理解したハジャは。
苦境を乗り越えた弟子の成長に、小さく笑った。
ご覧頂き有難うございます。