170話 救い上げる皆の声
ポロの内面世界で、闇に沈むポロを引き上げるエキドナ。
『そろそろ自分の力で上がりなさい。暗闇の引力がすごくて、あなたの小っちゃい体でも結構重いのよ』
――うん、ごめんね。
『謝らなくていいから早く』
ふと、ポロは尋ねた。
――ねえエキドナ、僕って、何者なのかな?
『急にどうしたの?』
――今の状況は分かるんだ。今外では、きっと僕は化け物みたいになって暴れているんでしょ?
少しの間、エキドナは沈黙し。
『そう思うなら早くここから出て、あっち側に戻りなさい』
極力現状に触れないように答える。
――みんなはさ、どうして僕の中に思念体として残り続けているの? 浄化魔法で霊魂を昇天させたつもりなんだけど。
『それは…………』
――僕の中は、いつの間にか大所帯になった。エキドナがいて、アラクネがいて、スキュラがいて、そして今はバハムートもいる。
『…………』
――僕は君達を弔うつもりで浄化魔法を使っていたんだけど、もしかして僕は、やり方を間違えているのかな?
エキドナは何も言わず。
――ひょっとすると、君達は僕に無理やり閉じ込められているだけなんじゃないの?
『ポロ……それは違うわ。私達は自分の意志であなたの中に居座っているだけ』
答え辛そうに口を開くエキドナを見て、ポロは深くを問わないようにした。
――ごめん、今、すごく精神が不安定なんだ。ハジャのせいでクル姉が死んだんだと思ったら、胸の内から怒りみたいなものがこみ上げてきてさ。
『ポロ……』
――それで、怒りに任せて怪物化した自分を客観的に見て、僕は普通の獣人とは違うんじゃないかって思っただけ。
いつになくしんみりするポロに、エキドナは言葉を詰まらせる。
――それでね、いっそこのまま、闇に飲まれてもいいかなって。
『冗談にしては笑えないわね』
――ここはすごく楽なんだ。心地が良いんだ。過去の辛い出来事も、知らなくて良かった真実も、全部、忘れてしまえるんだ。
そんな諦めの言葉を口にしていると。
『そうなると、坊の姉君のことも忘れてしまうが良いのか?』
どこからともなくアラクネも現れ、エキドナと共にポロを引き上げる。
――アラクネも来たんだ。
『全く、世話が焼けるのう。そのようにか細い声を出すでない』
それは弟のように、我が子のように、慈愛を以て優しく包み込む。
『この程度で精神を揺さぶられるな。わしがついておる。しっかりせんか』
――ずっと、ハジャに修行を付けてもらっていたんだ。クル姉の仇だとも知らずに。
『それがどうした』
――ショウヤに偉そうなことを言っておいて、実際は僕のほうが現実を受け入れていなかった。許せなかったんだ。
『めずらしくもない、普通の感情じゃよ』
――そんな憎しみに飲まれて化け物になった僕を、もう誰も人とは思わない。怖がられて、恐れられて、そのうち誰かに討伐される。
すると、闇の中からもう一人、スキュラもポロの元へ顔を出す。
『ですがポロ様、外にいる彼は今まさに、あなたの為に戦っておられますよ?』
――スキュラ……彼って?
『あなたのご友人です』
そこで、ポロはショウヤの顔を思い浮かべた。
――そっか……ショウヤが。
自分の為に戦ってくれている。
化け物になった自分の為に。
と、それに重なるようにして。
外のほうから、自分を呼ぶ声がした。
「ポロっ! 聞こえるかい? ポロ!」
それはよく知った声。いつも聞く声。
――メティア?
だが、城に向かったはずのメティアが何故ここにいるのか、ポロは分からなかった。
「ポロ、おいで? 怖くないから、おいで」
おそらく怪物と化した自分に向けて、両手を広げ招いているのだろうと、ポロは思う。
『つくづく坊は愛されとるのう』
と、アラクネが。
『このままあなたが戻らないと、あの黒エルフを自らの手で傷付けてしまうわよ?』
と、エキドナが。
『ポロ様、お行き下さい。ワタクシ達が送って差し上げますので』
と、スキュラが。
皆がポロを支え、闇に堕ちぬよう浮上させる。
――そうだね。僕はまだ、こんなところで寝てちゃいけない。
次第にポロを抱える彼女らの手も軽くなってゆく。
ポロが黒闇の海から出ようとしているのだ。
――僕は、船長だから。
そしてポロは自分の手足で暗闇の中から浮上してゆく。
遥か上にある小さな光を目指して、泳いでゆく。
『ポロ、忘れないで。あなたのそばには、いつも私達がいることを』
『何があっても、わしらは坊の味方じゃ』
『それが、ワタクシ達がここにいる理由です。何卒、お忘れなきよう』
光が近づいた頃、三人はそれぞれ別れの挨拶を告げ、暗闇の中へ消えていった。
黒き海の水面まで上ると、そこには半透明の巨大魚が待ち構えていた。
『待っていたぞ。出口は開けておいた』
――バハムート。ごめんね、待たせて。
『構わない。君の意志は私の意志だ。故に私は、君の判断に従うまで』
――ありがとう。じゃあ、行ってくるね。
そう言って、バハムートの開けた【空間の扉】に飛び込み、ポロは再び外の自分とリンクした。
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