168話 内なる闇に飲まれる少年
ポロは怒っていた。
無関係の者を巻き込んで、私利私欲の為に動く団体に。
ポロは悲しんでいた。
その団体を裏で支えている、かつての師に。
ポロは殺意に駆られていた。
その師のせいで、大好きな姉を失ったことに。
メティア達が異変に気づく、ほんの数分前のこと。
ハジャから告げられた言葉に、沸々と憎悪が沸き上がるポロ。
胸の内に広がる闇が、渦巻いて、うごめいて、狂おしい程に精神が掻き乱れる。
そんなポロを見つめるショウヤは、彼の気持ちを察していたが、何も言えなかった。
自分も、ついさっきまでは同じように負の感情に支配されていた為。
ショウヤには何一つ、ポロを助ける言葉を持ち合わせてはいなかった。
「ここでハジャを止めてみせろって? 当然だよ。これ以上セシルグニムの被害を増やしたくないし、何よりハジャは……クル姉の仇だから!」
次第にポロの体から黒いオーラが浮き出し、みるみるうちに殺意が肥大してゆく。
「お、おいポロ……それ……」
溢れ出る禍々しいものが、ポロを侵食してゆく。
心配そうに尋ねるショウヤだが、ポロは彼の声など耳に入らず、ただ一点、目の前にいるハジャだけを見つめていた。
「ふむ、マナを抑え切れていないぞ、ポロ。闇魔法を扱う際は、心を静めて感情を殺せと、あれ程教えただろう。そのままでは、怒りの感情に精神を食われてしまう」
「うるさいよハジャ。……いつまで師匠面するつもりだい? 君の望み通り、僕が相手をしてあげるよ。肉片ひとつ残らずにぶっ潰してあげるから!」
ポロはすでに正気を失いかけている。
ショウヤの時とは違う。自制心が欠如してゆく感覚が、目に見えて分かったのだ。
「……まあ、タガが外れたほうが力を出せるというのであれば、それはそれで構わないがね」
と、壊れたように歪んだ笑みを零すポロを見ながら、ハジャはその力の根源にわずかな興味を抱いく。
それはポロが今まで押さえつけていたもの。破壊衝動に苛まれる度に自制していた防壁が、徐々に崩れ始めた。
「ぅぅぅうううううああああああ!」
ポロが唸り声を上げると同時に、彼から黒い影が現れ、体を変形させてゆく。
背中からは蜘蛛のような足が突き出し、髪の毛は全て無数の蛇へと変化し、尻尾には尾びれが付いて、犬型から魚類へと生え変わる。
目は赤く光り、犬歯は鋭く伸び、そして辺りには周囲を囲うように、黒い霧状の壁が蔓延する。
決して獲物を逃がさぬようにと。
「ポロ、どうしちまったんだよ!」
心配そうに叫ぶショウヤの声も、ポロにはもう届かず。
その姿を見ながら、ハジャは微笑を浮かべた。
「……ふふ、ずいぶんと喰らったものだな。その姿、もはや怪物そのものだぞ」
「ぅぅうああああああ!!」
その咆哮一つで、ハジャの周りにいた黒妖犬達はたちまち黒いマナの粒子となって消滅。
そして魔獣のような姿となったポロは、突如ハジャ目がけて突進した。
「【暗黒障壁】
ハジャは前方に障壁を生み出し、ポロの突進を受け止めようとするが。
その力は障壁を容易く打ち破る程の威力であり。
壁を突破されたハジャは、黒く肥大した獣の拳で腹部を強打され、ポロが生み出した障壁の端まで吹き飛ばされた。
「ぐふっ! ……はは、そうか、魔人を数体取り込んでいるのか」
力の根源を見抜いたハジャは、彼の限界はどれ程なのかと期待する。
その期待は次第に好奇心へと変わり、ポロは怒りによってどこまで強化されるのかを見て見たいと、ハジャは思った。
「ならば、もう一押ししてやろう」
そう言って、ハジャは召喚魔法を唱えた。
「【暗黒召喚・幻魔狼王】」
それはかつてポロの村で奉られていた、狼の王の、成れの果て。
黒々と禍々しく、殺意に満ちた、古の魔獣。
「これが何か分かるか? ポロ」
「グルルルル!」
目の前に現れた巨大な狼を、ポロは憤慨しながら威嚇する。
「反応がいいな。安心しろ、これはただの複製、あの頃と同じ力はない。国が総力を挙げて挑めば、討ち取れないものでもないさ。今のお前となら、いい勝負になりそうだぞ」
目の前にいる狼王を見たポロから、さらに力が増大し。
凄まじい威圧を放つその狼王に飛びかかった。
「そうだ、それでいい。お前にはまだまだ強くなってもらわねば困る」
ハジャは嬉しそうにポロの戦闘を見つめていると。
その横で、彼に接近したショウヤは剣を突き立てる。
「おいハジャ、これ以上はやめろ。ポロの傷口をえぐるような真似をするな!」
「……先程まで仲違いしていた君が、掌を返したようにポロを庇うのだな。タケバ・ショウヤ」
「あいつは俺を救ってくれた、友人でいてくれた。それだけで、あいつに味方する理由は十分だろ」
「私達を裏切ると?」
「そもそもお前らを仲間と思った事はねえ。ソリも合わなかったしな」
ハジャは視線を上げ、考える素振りを見せる。
「ふむ……君を騙して戦争の片棒を担がせた事を、恨んでいるか」
「そんなのは今更だ。たしかに恨んではいるけど、それは目先の復讐に囚われて、考え無しに行動した俺が悪い」
「ほう、聞き分けが良いな」
「けどな、そんな馬鹿な俺を救ってくれた友人の、その精神を搔き乱す真似は許さねえ。全ての転生者を敵に回しても、俺はお前らとやり合うぞ!」
ショウヤの啖呵に、ハジャは面白そうに笑みを浮かべた。
「ふふ、昨日も言ったが、それも選択の一つだ。好きにするといい」
「そうさせてもらうよ。差し当たっては、ここでお前を倒す!」
ショウヤは剣を構え、ハジャと真っ向から対峙する。
彼らとの決別と、友人を助けたい一心で。
得体の知れない『黒の導師』へ、その刃を向けた。
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