167話 空に昇る黒いマナ
ポロとハジャが対峙している最中。
ふと、城門の前で見張りをしていたメティアは、遠くに立ち昇る黒々とした魔力の波動を感知した。
「あれは……まさか、ポロの?」
黒エルフの魔力感知は、マナの種類、質を感じ取り、誰のものかを予測することが出来る。
つまりは町の中央に昇る、黒煙のようなマナの主はポロのものであると確信し。
メティアは胸騒ぎに駆られ走りだした。
立ち昇る先にいるであろう、ポロの元へ。
『メティア、急にどうした?』
メティアの行動を不思議に思ったタロスは、彼女を引き留め理由を問うと。
「ポロの魔力が暴走してるんだよ! あの子に何かあったんだ。私ちょっと行ってくるから」
『待て、一人では……』
タロスは止めるが聞く耳を持たず。
再びメティアは戦地の真っ只中を無防備で突き抜けていった。
『メティア……』
と、心配そうな声を発するタロスの横を、一匹の猫が通り過ぎる。
『……ミーちゃん?』
そして念話でタロスに告げた。
『あっちはミーシェがニャんとかするニャ。タロスはそのまま城の防衛を頼むニャ』
猫妖精であるミーシェルも、主人の危機に気づいたのだろうとタロスは思い。
『分かった、ここは俺が食い止めよう』
そう交わし、ミーシェルもメティアの後を追い去っていった。
自分も彼女らについて行こうかと迷ったが。
城門の警備にこれ以上人を減らすわけにはいかなかった。
『…………さて、大物の登場だ』
何故なら、城の前に近づいてくる一体の巨人が目に入った為。
『あれは……強いな』
重厚な鎧を纏った、三つ首六腕の巨人、ゲリュオン。
およそ人間の十倍はあろう体躯で、六本の腕にはそれぞれ斧や剣など殺傷能力の高い武器が握られている。
『俺は魔物に詳しくないが……あれの階級はどのくらいだ?』
などと、誰に言うでもなく一人呟いていると。
「あれはゲリュオン、いてほしくなかったが、統治者級だ」
タイミング良く城の中から出てきたサイカが彼の問いに答える。
『サイカ……、アルミス王女の護衛はいいのか?』
「姫様は中におられるのだ。許可なく城に足を踏み入れようとする不届きものを、ここで斬り伏せることも立派な護衛だ」
『そうか』
言葉少なく返すタロスに、サイカは微笑を浮かべ。
「私は、寡黙な男は嫌いではない」
タロスの変わらぬスタンスを称賛した。
『急になんだ?』
「お前を信頼しているということだ。饒舌にベラベラと喋る奴よりは余程な」
『偏見だな。俺はただ単に、人形の体になってから感情が希薄になっただけだ』
「そうか。なら、そのほうが良いぞ」
そして二人は同時に武器を持ち、迫る巨人に戦闘態勢をとる。
「私の援護を頼む」
『承知した』
一歩たりとも城の敷居は跨がせまいと、サイカはゲリュオンに向かい跳躍した。
町の中央に立ち昇る闇のマナは、遠くの位置からでも視認することが出来た。
その光景は『浮遊石』管理所から外に出たオニキスとルピナスの目にも留まり。
魔龍フシュムシュの背に乗ろうとしていた二人は、ふと、その黒煙のようなものに気を取られる。
「あれは……ハジャ様の?」
オニキスの問いに、ルピナスは鑑定スキルで調べた。
「いいえ、あの人とは少し違う。あれはもっと、殺気染みた禍々しいマナ」
そこでルピナスは考える。
――場所から察するに、ショウヤが何かのスキルを行使したか、あるいは。
「……あの、ワンちゃん」
そしてルピナスは答えを導き出し、遠くに見える魔力の発生源は、援軍として現れた飛行士、ポロのものだと予想した。
「初めて見た時から異質な子だとは思っていたけど……。あの子もレオテルス・マグナに劣らず、デタラメな力を有しているのね」
ルピナスは呆れたように溜息を吐いた。
オニキスに魔鉱石の停止を妨害された時点で、今回の作戦は失敗。
そのうえセシルグニム側に思わぬ伏兵がいたのだから、これ以上抵抗しなくて正解だったと、結果的に今の状況に安堵した。
と、そんなことを思っていると。
「誰がデタラメだって?」
突如音もなく、彼らの背後から氷の剣を携えたレオテルスが現れた。
「オニキス……だったか? 牢屋で話した通り、魔鉱石を守ったようだな。正直意外だよ」
先程の二人のやり取りを、レオテルスは聴いていた。
管理所の入り口付近にやってきたレオテルスは、魔龍フシュムシュが門番のように構えていた事が気にかかる。
彼はその近くの岩肌に耳を当て、気の流れを感じ取り、洞窟内にいる二人の声を盗聴していたのだ。
そんなことは露知らず、しかしいずれにしても、これで少しはレオテルスの警戒が緩んでくれればとオニキスは思い。
「信用、してくれたかな?」
彼は柔らかな言い方で尋ねるが。
「冗談だろ? 勝手に鉄格子を溶かし脱獄する奴を信用出来るか。今その場で、隣にいる女の首を刎ねるなら、多少の信用はしてやるが」
しかしそう簡単には信頼関係は築けず。
物騒な物言いをするレオテルスに戦慄するルピナス。
「……ねえオニキス。私、あなたに従ったんだから、ここは何が何でも守ってくれるわよね?」
「まあ……そのつもりではいるけど、昨日みたいに【空間の扉】で逃げる手段は取れなそうだね。彼、全く隙がないよ」
「いたずらに不安を煽らないで! 私こんな場所で死にたくなんてないから!」
「僕もさ。うん、だから、交渉してみようか」
ダメもとで、オニキスはおもむろに荷物袋からアダマンタイトの塊を差し出す。
「これで、この場は見逃してくれないか? アダマンタイトが希少な鉱石なのは知っているだろ? 売れば金貨数十枚になる――」
と、言い切る前に、レオテルスはサイカからもらった剣に体内の気を集約させ。
鋭利に尖った気の刃で、アダマンタイトを両断した。
「はは……そんな氷の塊で、最高硬度のアダマンタイトが斬れるんだ……」
「その気になれば、木刀でも斬れる」
断言するレオテルスに、オニキスは物で釣る作戦は無理だと判断。
「騎士団長、彼女はこれ以上町に危害を加えないと約束したんだ。罪を償うにしても、今しばらくの猶予をもらえないか? 数日でいい」
「それを許して、我が国に何の利点がある? お前達転生者が、好き勝手に動くこと自体が世界的脅威になり得るんだぞ?」
――交渉の余地なし……か。
手詰まるオニキスは頭を抱え、勝てるかどうかも分からない相手に挑むか否かの選択を決めかねていると。
突然、三人は同時に視線を変えた。
遠くに見える黒い魔力の柱。そのそばで。
相対するように、もう一つの脅威が突如として現れたからだ。
「あれは……黒い、狼?」
まるで『原初の魔物』のような風貌の、巨大な狼が町の中央に聳え立つ。
その光景を、三人は呆然と見つめていた。
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