166話 戦う理由
ハジャは告げた。
自分はポロの敵だと。
「……ハジャ、どうしてこんなことを?」
切なそうにポロは問う。
「セシルグニムの崩落が、我々にとって都合が良いからだ。そこの彼から聞いていないのか?」
ハジャはショウヤを指差しポロに返した。
「転生者についての事情は聞いたよ。けど、どうしてハジャが加担しているのさ?」
「上に言われたからに外ならぬ。時に、他国を滅ぼせとの命令が下れば、そうしなければならないのが私の立場だ。中間管理職とは辛いものだな」
表情一つ変えずに淡々を話すハジャに、ポロは寂し気に漏らす。
「……あの日、僕の村を襲った魔物を討伐してくれたハジャが、今度は別の町を滅ぼすの?」
「お前の、村?」
ハジャは上に視線を向け考える素振りを見せる。
「……ああ、『原初の魔物』の一角、狼王フェンリルの支配下にあった村か」
「狼王を祀る村、ポロトだよ。ハジャは突然現れた黒妖犬から、村のみんなを守ってくれたじゃないか……」
ハジャは「ふむ」と、口に手を当てながら、尚も沈黙。
「その数年後も、荒廃した村の跡地で凶暴化したフェンリルを討伐してくれた」
「ああ、そうだったな」
「それはやっぱり、ハジャが在籍する組織の為だったの? そして今回も、組織の有益の為に動いたの?」
「そうだな、その通りだ。故に今回はお前と敵対関係にある」
ポロは静かに目を閉じ、俯いた。
「そういうわけだ、遠慮はいらない。お前がこの国を守ると言うのであれば、私を倒すことは必然であり、私に勝てなければ国は滅ぶ。だから、全力でかかってきなさい」
「出来ないよ……ハジャは僕の恩人で、お師匠だから」
再びハジャは考え込み、「そうか」と呟くと。
「ならば、戦う理由が必要か」
ポロを焚き付ける為ならばと、ハジャは彼に告げた。
「五、六年前だったか? あの日、何故村が魔物に襲撃されたか分かるか? ポロ」
「……え?」
「あの村を襲わせたのは、他でもない私だからだ」
その言葉に、ポロは驚愕した。
信じられないといった表情で、何かの聞き間違いかと思い。
するとハジャは手の平を地に向け、召喚魔法を唱える。
「【暗黒召喚・黒妖犬】」
すると、今さっきショウヤと共に討伐した黒き妖犬が、再び地面から現れ出でた。
「…………それは」
「この子らは元々私が召喚した魔物だ。あの日もこうして村を襲わせた」
プルプルと身を震わせ、次の言葉を詰まらせる。
「どうして……何の目的で……」
「戦争とは理不尽なものだ。市民に戦う気がなかろうと、一番被害を受けるのはいつも弱者から……。私の行為は、強いて言うなら選別だ」
「選別?」
「命の選別だ。今回の件もそうだが、襲撃されて尚生き延びた者は先を生きる権利が与えられる。残念ながら命を落としてしまった者は、その権利を得られなかった。それだけのこと」
ポロは強く地面を踏みしめハジャに言い返した。
「それだけ?! それで何人の命が奪われたのさ! まさかフェンリルが急に正気を失ったのも?」
「それは意図的にではない。黒妖犬に蓄積していた闇のマナをフェンリルが吸い過ぎてしまったが為、自我を保てなくなったのだ」
「同じことじゃないか! 結局ハジャのせいだろ!」
普段温厚なポロが、これ以上ない程に頭に血を上らせ激高した。
「そのせいで……クル姉が死んだんだ!」
目の前にいる師が、大事な人の仇であった為。
「……ああ、お前の保護者を名乗っていた、猫の獣人か」
ハジャはおぼろげな記憶を掘り返し、ポロとの関連性を思い出す。
「言っておくが、あれは元々私一人で始末する予定だった。そこに、勝つ見込みもない冒険家集団が勝手に討伐部隊を結成し、勝手に無駄死にしただけだ。いや、犬死にか」
その瞬間、ポロは足を踏み込み、高速のスピードでハジャに斬りかかった。
だが、振るわれた刃は寸前のところでハジャのステッキに防がれ、衝撃を相殺される。
「ようやくその気になったか。しかしなポロ、感情に任せた戦闘スタイルは動きが単調になり易いと、何度も教えたはずだぞ」
するとハジャは、ポロの双剣を受け止めながら魔法を唱えた。
「【黒蝕み】」
それは腐蝕の魔法。
ハジャが魔法を唱えると同時にステッキはどす黒いオーラを放ち、ポロの持っていた双剣は黒き灰となって消えた。
「くっ…………!」
「私がくれてやった牙、まだ持っていたのか。それも剣に加工して」
ハジャは宙に飛散する牙の残骸を見ながら感慨にふける。
「ポロ、私はいずれ来るべき日までに決断をしなければならない」
「決断?」
「生かすべき者と、そうでない者。その選別をしなければならないのだ」
ポロは鋭い目をしながらハジャを睨み付けた。
「……そうでない者は、どうなるのさ?」
「無論、私が救済する。苦しみなく葬り、そして弔おう」
ポロは奥歯を噛み締めると、再びハジャへ飛びかかり。
足に【半人半蛇の尻尾】を付与し、鞭のようにしならせハジャに叩き付けるが。
「【暗黒障壁】」
視線一つ変える事無く、ハジャは側面に防御壁を展開し、ポロの一撃を防いだ。
「だが私は迷っている。お前の成長を間近で見てきた私は、いつの間にか、人の可能性に淡い期待を持ってしまったようだ」
ポロの攻撃を凌ぎながら、尚もハジャは続ける。
「ポロ、お前が私を否定したいのならば、ここで私を止めてみせろ。近い未来に実行される『世界結合』を前に、私の考えを覆してみせろ」
ハジャ自身、己の意志が正しいのか分からなかった。
だからこそ、ハジャはポロに希望を抱き、彼に判断を委ねたいと思っていた。
たとえ彼の行動理念が、神からの啓示だとしても……。
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