15話 悪化する状況
数分後、皆の前にサイカを担いだオーグレイが焦燥感を出したように現れた。
「頼む! 誰か副団長を手当てしてやってくれ! 俺を庇って魔物に襲撃されたんだ」
白々しくもオーグレイはサイカを気遣う素振りを見せ、虚言を吐く。
「そんなっ……サイカ、しっかりして!」
いの一番に駆け付けるアルミスは、ボロボロになった彼女の手を握り、心配そうに見つめる。
続けてメティアも駆け寄り、サイカの傷口を確認。
「ちょっともう……これからって時に何やってんのよ。今治癒魔法かけるから死ぬんじゃないよ?」
そして傷口に手を当て、身体を修復する治癒魔法を唱える。
「【身体修復】」
すると、連なるようにしてアルミスも両手を添え。
「私も手伝います。……【高速治癒】」
メティアよりもはるかに高度な治癒魔法でサイカの体を治療する。
いとも容易く上級魔法を使いこなすアルミスにメティアは目を丸くした。
「うへ~、そんな高度な魔法を容易く扱えるなんて……さすがお姫様はスペックが違うわね」
「私は光属性と一番相性が良いので。他の属性は皆中級程度しか使えません」
「いや、そもそも全属性を使える人なんてそうそういないから……」
そうこうしているうちにサイカの外傷は修復されたが、意識は未だ戻らず。
「とりあえず命に別状はなさそうだけど、しばらくは飛行船の中で休ませるしかないね。指揮官がいないんじゃダンジョンの攻略は難しいし、副団長の回復を待つしかないか」
とメティアは呟くが、そこにオーグレイは異を唱える。
「いや、そんな時間は我々にはない。副団長が倒れた今、この中で一番階級が高い俺が指揮をとり、皆を安全にダンジョン最深部まで送り届けよう」
その言葉に、一同はざわつく。
副団長の代役がこの男に務まるのか、こいつを信用していいのか、そんな思いが募る周囲で、国の兵士達だけはオーグレイの意見に賛同した。
「ええ、副団長の代わりはオーグレイ様しか務まりません」
「むしろ騎士の経験が長いオーグレイ様こそ適任かと」
と、口々にオーグレイを持ち上げる。
しかし、彼らは元々オーグレイの部下であり、皆口裏を合わせているに過ぎない。
この作戦が上手くいけば出世出来ると、オーグレイから甘言を言われたからだ。
「決まりだな。冒険家の皆も不安はあるだろうが、ここはどうか俺に任せてもらいたい」
決意も覚悟もない頭を下げ、皆を納得させるオーグレイ。
その姿を見て、冒険家達も渋々彼に同意する。
……Sランクの二人を除いて。
そしてオーグレイはアルミスに近づき。
「姫様、指揮官が私になった以上、姫様の希望に添えたいと思う所存でございます。いかがでしょう、私達と一緒に」
「で、ですがサイカが……」
気を失ったサイカを見て、アルミスの決意は揺らぐ。
「副団長には飛行士の皆がついております。そして姫様も、我々が必ずお守り致します故。さあ、共に参りましょう」
強引に誘うオーグレイに、ポロは待ったをかけた。
「悪いけど、それは容認出来ないよ。副団長と約束したんだ、僕らがお姫様を守るって」
思わぬポロの静止に小さく舌打ちすると。
オーグレイはそっとアルミスに耳打ちをする。
「えっ……ですが……」
内容は二人にしか分からない。しかし、それを聞いたアルミスは戸惑いながらも迷いのある素振りを見せる。
その様子を見て軽く笑みを浮かべると。
「ならば仕方ない。では姫様の事は船長に任せよう」
オーグレイはすんなりと引き下がり、構わず探索の準備を進めた。
そんなやり取りを眺めながら、バルタは意識の戻らないサイカを見やる。
「……魔物の襲撃、ねえ」
そう呟きながら。
「まあいいや、部隊を指揮するのが誰だろうと、問題なく最深部まで行けるなら構わねえ」
バルタが賛成したことにより、オーグレイも内心安堵する。
「そう言ってもらえると助かる――」
「けどよ」
と思ったのも束の間、バルタはオーグレイに近づき耳元で囁いた。
「もしも俺の邪魔をしたら……その時はお前を黒龍の餌にしてやるから覚悟しろよ?」
全てを察したうえでの、この上ない脅迫。
サイカの深手は魔物ではなく、人為的なもの。
そしてそれを実行しそうなのがこの男だとバルタは睨んでいた。
だからこそ、これ以上余計な真似をしないよう殺気を込めた脅しをかける。
「……む、無論だ」
背筋が凍る程の眼光にオーグレイはたじろぎ、平静を装いながら準備を進めた。
一方その頃、『黒龍の巣穴』最深部付近にて。
黒服を纏ったオニキスは一人、丁度良い座石に腰かけ独り言ちる。
「参ったな……統治者級を配置したら、ダンジョン内の魔物が一斉に上層へ逃げてしまった……」
手薄になった最深部付近に、オニキスは当初の予定が狂ってしまったと反省。
「彼らがもし統治者級を退けた場合、僕が一人で相手をしなくちゃいけないのか……。う~ん、逆に自分の首を絞めてしまったような気がする」
だが、そう言いながらもオニキスに焦りはない。
むしろ少し気持ちが昂るくらいである。
「久しぶりに、頑張ってみるか」
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